食&酒

2024.06.26 14:15

東京で味わえる「ディアスポラの民たち」のモンゴル料理店探訪記

これら中国の内蒙古自治区出身のオーナーたちの店を訪ねてみてわかるのは、同じ地域出身の人たちでも、モンゴル人、回族、華人など民族によって提供する料理の種類に違いがあることだ。いかにも多民族国家の食のリアルな世界を感じさせるが、共通するメニューが多いのも確かである。

内蒙古系の老舗である「シリンゴル」のオープンは1995年で、これまで一般の日本人はこの店の料理が純粋なモンゴル料理であると受けとめてきたように思う。 

ところが、2010年代半ば以降の「ガチ中華」の時代になると、内蒙古出身でも回族や華人が店を始めることで、これまでわれわれがイメージしていたモンゴル料理とは異なる料理が現われていて、これらの店では料理名は中国語だ。 

それに対して、2020年のコロナ禍以降にオープンした新しい店は オーナーが内蒙古出身でも、一部ウランバートル系の料理を提供し、メニューも中国語とモンゴル語を併記している。では、これは何を意味するのだろうか。
 
2022年5月に神楽坂にオープンした「スヨリト」は、内蒙古自治区東部のウランホト出身のスヨリトさんの店だ。同店は羊の炙り焼きをメインにしたメニュー構成だが、店内の内装は壁一面にモンゴルの草原に広がる青空を描いていて、若い世代の遊び心やセンスを感じさせる。彼らは前述のGWのモンゴルフェスに出店していた。

神楽坂にある「スヨリト」の2階と3階にはモンゴルの草原が一面に描かれている

神楽坂にある「スヨリト」の2階と3階にはモンゴルの草原が一面に描かれている

2023年にオープンした東上野の元「モンゴル焼売(現・草原の家)」は、内蒙古自治区東北部のアルシャン地区出身のハルチュンさんの店だった。この店ではウランバートル系の「アラル」で出していた羊の胃袋ボーズ「グゼーニボーズ」を「肚包肉」という中国名で提供していた。ここも「スヨリト」同様、華人向けというより、在日モンゴル人や日本人を客層にしているように見える。

こうしたことには、中国内蒙古自治区でモンゴル語の教育が禁じられるなど、現地における少数民族の生きづらさも背景にあり、日本に暮らす内蒙古出身の人たちも、ただ稼ぐためだけではなく、自らの民族のアイデンティティを大切にしたいという思いと結びついているのかもしれない。

日本にいながら多様な世界を味わう

では、同じモンゴル民族でありながら、なぜウランバートル系と内蒙古系の料理にこのような違いが生まれるのだろうか。

それは、それぞれの土地を訪ねてみると、よくわかる。モンゴル国で食べた料理の味は、中央アジアのスパイスを使うなど、明らかに「ロシア化」していた。一方、内蒙古ではトウガラシを多用するなど「中国化」している。

彼らは同じ民族でありながら、国境をまたいで別々に暮らすディアスポラ(離散)の民なのである。すなわち、モンゴル国の人たちはロシア化したユーラシアの民として、内蒙古の人たちは中国化した東アジアの民として、この100年を生きてきたのだと思う。

そんなディアスポラの民たちの心をわしづかみにするのが、民族音楽なのではないだろうか。

新宿歌舞伎町にある「モリンホール」は、モンゴルの民族伝統楽器の馬頭琴(モリンホール)演奏者のウルグンさんがオーナーだ。彼は中国内蒙古出身で、現地の大学で馬頭琴を学んだ。2009年の来日後、馬頭琴の演奏活動を続けている。

埼玉県の西川口に昨年末にオープンした「内蒙古飯店」で馬頭琴を演奏しているのは、内蒙古自治区東部のヒンガン盟出身のナレントヤさんで、彼女は東京音大大学院卒の演奏家だ。

ナレントヤさんが演奏しているのは馬頭琴の名曲「万馬の轟」。チンギスハーンの軍勢が草原を一斉に駆け抜けていくさまを連想させる迫力がある。毎週土曜19時過ぎから彼女の演奏が聴ける(「内蒙古飯店」)

ナレントヤさんが演奏しているのは馬頭琴の名曲「万馬の轟」。チンギスハーンの軍勢が草原を一斉に駆け抜けていくさまを連想させる迫力がある。毎週土曜19時過ぎから彼女の演奏が聴ける(「内蒙古飯店」)


ひと口に「モンゴル料理」と言うにはあまりに多様な世界を、日本にいながら体験できる時代をわれわれは生きている。来月、筆者はモンゴルに行くので、唯一東京では味わえなかった、もうひとつのディアスポラの民のグルメであるロシア在住のモンゴル系住民がつくるブリヤートの料理がウランバートルにあるそうなので、味わってみようと考えている。

文・写真=中村正人

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