キャリア・教育

2024.05.20 13:30

「効率化の罠」への処方箋。充実のカギは「今、この瞬間」

バークマン:情熱は、輝く道標を追い求め、ある日、突然「見つかる」ようなものではない。これと決めたことに取り組み、スキルなどが向上したときに感じるものだ。「情熱を見つけない限り幸せになれない」という考え方は、「生産性をここまで上げないと、幸せな人生が手に入らない」という姿勢と同じだ。一方、「何かに一生懸命取り組むことで情熱を創り出す」というアプローチには、スキル修得のプロセスを楽しめるという大きな利点がある。

情熱探しは、何百万人ものなかから「運命の人」を探す旅に出るのと同じだ。発想を変え、相性が合い、相手に魅力を感じたら2人の関係を深めていくという姿勢で行けば、素晴らしい恋愛に発展しうる。

──『ネガティブ思考こそ最高のスキル』で、厳格な目標設定に疑問を呈していますね。『限りある時間の使い方』では、遠大な理想を抱くと動けなくなる、と指摘しています。将来の理想像を基に目標を立てるキャリア設計について、どう思いますか。

バークマン:目標設定を悪いことだとは思わないが、将来のあるべき姿を厳格に定め、それに固執するのは良くない。視野が狭くなる。別の方法や、目標自体に問題があることに気づかない恐れがある。

例えば、「30歳までに億万長者になる」という目標を立てた場合、ふたつの問題が生じる。億万長者になれない可能性と、仮になれたとしても、健康や人間関係を犠牲にしなければならないことだ。こういう人生を送れば楽しいというクリアな理想像を描きつつ、それに執着せず、ゆったり構えよう。人生には、コントロールできないことがままある。理想を実現できる人など、ひと握りしかいない。

──『ネガティブ思考こそ最高のスキル』では、確実性などを追求しない「ネガティブ・ケイパビリティ(消極的能力)」が大切であり、それが「幸福」への道だと説いていますね。理想の仕事が人工知能(AI)に奪われかねない不確実性の時代にあって、幸せな人生を送るカギとは?

バークマン:「タフであれ」「安定を求めるな」といった忠告を耳にするが、そんなものは役立たない。そもそも人生は不確実性に満ちている。将来のことなどわからない。そう考えると、AIや世界の紛争などで先が読めない現代は、人間が共生してきた不確実性という原点に立ち返るものだとも言える。

こうした時代に生きる私たちが幸せな人生を送るには、まず、リラックスして日々の生活を楽しむことが大切だ。不確実性が消えるのを待ってはいけない。そんな日は永遠に訪れないからだ。

──『限りある時間の使い方』で、目標という「未来」を重視して「今」を大切にしない生き方は問題だと指摘していますね。「並外れたこと」を目指すのではなく、やれることをやるのが人生を充実させる唯一の道だと。「今を生きる」という視点の下で、より良いキャリアを築くにはどうすべきですか。

バークマン:「幸福の処方箋」とは、「今、この瞬間」を生き、「次にできること」をやることだ。私たちがコントロールできるのは「今、この時」だけだからだ。人生を型にはめる必要はない。自分の人生がどこに向かうのか、何が起こるのかという好奇心をもって生きればいい。陽気な心も大切だ。

──確固たる目標がないと、懸命に生きても人生の「頂上」にはたどり着けないという声もあります。

バークマン:人生の方向性やビジョンをもつのは良いことだが、理想は「今」を生きることだ。食べていければ、目標を達成できなくてもいいじゃないか。大金を稼いだり、人々の人生に影響を与えたりすることができれば、確かに素晴らしい。だが、それを幸福・充足感の条件にしてはいけない。


オリバー・バークマン◎英全国紙ガーディアンの記者として、外国人記者クラブの若手ジャーナリスト賞などを受賞したライター。著書に『限りある時間の使い方』、『ネガティブ思考こそ最高のスキル』など。

文=肥田美佐子 イラストレーション=オリアナ・フェンウィック

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年5月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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