昨年、濱口竜介監督は、最新作「悪は存在しない」でヴェネツィア国際映画祭の銀獅子賞(審査員大賞)に輝いた。
濱口監督はこれまで、2021年のカンヌ国際映画祭では「ドライブ・マイ・カー」で脚本賞、同年にベルリン国際映画祭では「偶然と想像」で審査員グランプリの銀熊賞を受賞している。わずか3年の間に世界三大映画祭で矢継ぎ早に受賞を果たし、高い評価を得たことになる。
さらに「ドライブ・マイ・カー」は、第94回アカデミー賞で国際長編映画賞も受賞。過去にこの4つの映画賞ですべて受賞を果たした日本人映画監督は黒澤明しかいないため、まさに快挙と言ってよいかもしれない。
その濱口監督の最新作「悪は存在しない」は、商業映画としても成功を収めた「ドライブ・マイ・カー」からは一転、現場スタッフわずか10名ほどの少人数体制でつくられた、インディペンデントな作品だ。
昨年9月のヴェネツィア国際映画祭での銀獅子賞受賞を提げて、ようやく日本でも公開となったが、作品のディテールに至るまで濱口監督らしい知的な企みが凝らされており、観賞するたびに新たな発見に驚かされる、実に見応えある作品となっている。
作品の冒頭では森のなかで樹木を見上げるシーンが続く(c)2023 NEOPA / Fictive
高原の町にグランピング施設が
「ドライブ・マイ・カー」は村上春樹氏の小説を原作としていたが、「悪は存在しない」は濱口監督が自ら脚本も手がけた完全なオリジナル作品。後述するが、成り立ちも実にユニークな経緯をとっており、紡がれた物語の隅々にまで濱口監督の「らしさ」が横溢している。舞台は自然に恵まれた高原の町。主人公の巧(大美賀均)は、娘の花(西川玲)と2人暮らしだが、家には家族3人で撮られた写真も飾られている。巧は自ら「便利屋」を名乗り、知り合いのうどん店のために湧水を汲んで運んだり、力強く斧を振り下ろし薪づくりに勤しんだりしている。
黙々と薪づくりをする主人公の巧(大美賀均) (c)2023 NEOPA / Fictive
ある日この地に、流行りのグランピング施設をつくる計画が持ち込まれる。建設主は東京の芸能事務所。どうやらコロナ禍で打撃を被ったため、役所からの補助金を目当てに発案された計画だった。