ネット文化そのものを作品にする
クリエイター6人4組が参加した企画展だが、どの作品もインターネットにおける音楽の視聴体験そのものを俯瞰しようと試みていた。例えば、椎乃味醂とたなかによる《多面体、鏡面》では、音楽を視聴して抱いた感想を鑑賞者が入力すると、それに応じてミュージックビデオが生成される。今回のために新たに開発された音声合成ソフトウェアの《彼方》も、感想が積み重なることでパッケージディスプレイの説明文が変化する。音楽や音声合成ソフトを取り巻く評価やユーザ生成コンテンツが形成される過程までを再現することで、視聴環境を含む一回性が生まれている。sekaiとx0o0x_による《境界》は、目の前の誰かのための音源を提示し、それを鑑賞者同士で共有するという体験を創出した。ピアノやロック調などの複数のトラックや異なる歌詞、歌い分けの表現などのバリエーションをパートごとに切り替えることで一回限りの歌声になるという仕組みである。録音とSNSでのシェアが許可されており、一回性の音楽を撮影してインターネット越しに共有し合うという新しい時代の音楽の鑑賞体験が表現された。
また、高度なプログラミングはインターネットの音楽と親和性が高い。《多面体、鏡面》の生成AIのシステムはもちろん、フロクロによる《流動回廊》も独自のものである。後者は、選択の連続こそが創作であるというプロセスを示すために、メインやドラムからボーカルまで、“ありえたかもしれない”音や言葉の選択を連続していく作品だ。フロクロらしい音と言葉の可能性のネットワークを計算することで、その場で無限の音楽が生成されていく様を見ることができる。
影響力と行動変容の検証
インターネットカルチャーを介して若者と現代アートを接続するという試みは成功だったか否か。まず数字に関して、日本の一般的なコマーシャルギャラリーが3週間の個展を開催すると、来場者は多くても数百人程度という状況において、11日間で3000人以上を集客したのは一定の成果といえる。それは母体となった芸術祭やアートフェア全体の来場者数をしのぎ、また企画展からメイン会場への誘客、SNSにおける数千万を超えるインプレッションや数多くの投稿のいずれをとっても、影響力に疑いはないと考える。それでは、一回性をテーマにした行動変容をもたらすことはできたのだろうか。同展で最もインタラクティブな作品は、はるまきごはんによる《聴心》で、ある少女の思い出に対応した八つのトラックをその場でミックスすることで少女の心の内面に向き合う体験ができるというものだった。「異なる音が重なり合う心を聴くことで、誰かの心を聴くという行為に思い馳せることができた」といった感想がいくつも寄せられたことをとれば、現代アートによる行動変容の可能性も期待できる結果といえるのではないだろうか。
佐久間洋司◎大阪大学でバーチャルビーイングの研究に取り組む。2025年大阪・関西万博では大阪パビリオンのディレクターとしてバーチャルライブや代替現実ゲームを統括。世界経済フォーラムのイニシアチブ「シェイプニューワールドイニシアティブ」代表。日本オープンイノベーション大賞文部科学大臣賞を受賞。