事業をゼロから立ち上げる際に生じる初期費用や市場調査にかかる時間、人員などが障壁とならず、すでに一定の顧客開拓やサービスの基盤が整った段階からスタートできるというのがメリットだ。
日本では2023年3月、東京証券取引所が「PBR(株価純資産倍率)1倍割れ」の上場企業に対して改善を要請。企業価値向上に取り組む経営者が増えたことから、日本製鉄のUSスチール買収(2兆円規模)などM&Aの大型案件も相次ぎ、今後その件数はさらに伸びていくことが予想される。
そうしたなかで、企業がより低いリスクで新規事業を目的としたM&Aに取り組めるよう支援している会社が、世界8カ国でM&Aコンサルティングなどを展開するWaveland Group(ウェイブランド・グループ)だ。同社は、M&Aというイグジットから逆算したスタートアップ・インキュベーション事業「Waveland X」を手がけている。
1000社以上へのヒアリングから事業構想
スタートアップ・インキュベーションの流れを説明すると、次のようなものになる。まず、Waveland Groupの顧客1000社以上に「どんな事業だったら買いたいか」をヒアリングする。生まれたアイデアを、想定バリュエーションや売り上げ見込み、予想ユーザー数といった50以上の基準をもとに精査。選定された事業アイデアのうち、同業種10社以上が「買いたい」と手を挙げたものを、Waveland X内の事業として立ち上げるのだ。
次に、起業家志望者やエンジニアとしてプロダクトづくりに関わりたい人材を、LinkedInやイェンタ(ビジネスマン向けマッチングアプリ)を使って集め、創業メンバーを組成。エンジェル投資家や事業会社からの出資金を元手に事業をスタートさせる。
そして、「事業開始から2年後に売却」という期限を設けてPMF(プロダクト・マーケット・フィット)を実現させ、企業へと売却するのだ。売却益は、投資家も含めプロジェクト関係者の割合に応じて分配する。
代表の波多野愛奈は、Waveland Groupの顧客企業から「新規事業を創出したいが自社でやるのは難しい。代わりにM&Aをして新たなビジネスを立ち上げようと思うが、良い企業はないか」と頻繁に相談されるようになり、Waveland Xのビジネスを考えついたという。
事業検証を開始したのは2019年で、当時、同社に企業買収の相談を持ちかけていた企業数は100社ほどだったが、現在では1300社にまで増加。多くは国内企業で、大手エンタメサイトや音楽・映像事業を手がける有名企業なども含まれている。
これまでの期間で売却まで至った件数は7件。前述の東証の要請などで企業からの需要が急激に高まるなか、さらにリソースを強化。2024年2月末時点で、事業化検討段階の案件は3件、運営中が2件、売却契約締結中が1件と、これまでより多くの案件を同時並行で動かしているという。
事業構想での3つの共通点
Waveland Xへの引き合いが高まっている理由について、代表の波多野は「買い手企業にとって重要なのは『買収後も成長していく』という納得感があるかどうか。それを感じられる事業づくりをしていることが評価されています」と語る。では納得感のある事業をどうつくるのか。実際にWaveland Xから生まれている事例を見ていこう。
例えば、2023年にMBO(経営陣による自社買収)によって株式会社化した「アスデミー」という企業は、現役アスリートにキャリア支援を行うサービスを展開する。現在、売却に向けて事業を進めている「おしキャッツ」は、アイドルやアーティストとそのファンをつなぐ、推し活のサブスクリプションプラットフォーム。「M.O.M」は、受験生をもつ母親が、子どもの受験に関する悩み事を先輩ママに相談できるというサービスだ。