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2024.03.15 11:30

市場平均価格「340万円ワイン」も─富裕層が「店で」高級ワインを飲む理由

予約が取れないグランメゾンとして知られる、銀座の三つ星フランス料理店「ロオジエ」。2020年にソムリエ日本一となった井黒卓氏がシェフソムリエを務める同店では、精鋭のソムリエチームが世界中から厳選したワインのほか、ワインラバー垂涎の高級ワインが揃う。

同店は昨年10月、創業50周年記念の「50万円、特別ワインペアリング」で話題をさらった。ここではどんな夢のワインが供されたのだろうか。また、今グランメゾンで飲めるもっとも高いワインとは……。

同店を訪れ、銀座グランメゾン「100ページ」のワインリスト、最高額の1本とその驚愕の価格に続き、井黒氏に話を聞いた。


「普段のデートでぽんと開ける」!

さて、超高級ワインは、どんな方がいつ飲むのだろうか。またしても下世話な質問を浴びせかけると、夜な夜な銀座で高級ワインが開くわけではなく、「価値のわかっている人しか頼まないですね」と井黒氏。開けるタイミングも、特別なお祝いだけでなく、普段のデートなどでぽんと開けることもあるというから羨ましい話だ。

「価値のわかっている」とは、「レストランで飲むメリットを理解した人」のこと。「『こういうワインは、レストランで飲んだ方がいいんだよね。自分で買うより安いし状態もいいし、何より最高の空間で飲める』。ロオジエでこうした高級ワインを嗜む富裕層の方々は、皆様そうおっしゃいます」と続ける。実際、ワインリストの価格は、市場価格からしてもはるかに安い。世界一高価な白ワインの一つであるルフレーヴの「モンラッシェ」2014年はメニューで290万円の値付けだが、「wine-searcher」のサイトを見ると、2014年の市場平均価格は340万円となっていた。
 「見る人が見ればかなり安いと思います」と井黒氏。

「見る人が見ればかなり安いと思います」と井黒氏。

このように高級ワインをレストランで安価で出せるのは、正規輸入代理店からアロケーション(割当)をもらい、正規の価格で販売できるからだ。ルフレーヴのモンラッシェの場合、1、2樽(300~600本)という極めて希少なワインが世界中で取り合いになるため、正規のワインがお店に1本入るだけでもすごいことだ。割り当てをもらうには、毎年買い続けなければいけないため、資金力も必要になる。

そして価格以上に重要なのが、ワインの状態だろう。転売など二次市場に出されたワインは、価格が跳ね上がり高価なだけでなく、偽造品や出自がはっきりしないケースも多い。ロオジエでは、必ず本物のみを扱う正規輸入代理店からしか仕入れないため、ワインの出処もしっかりしている。メニューの下に「In anycase, we can not change the bottle by it's condition.」と書かれている通り、客の好みによる交換には対応できないが、ブショネであった場合、きちんと対応もしてくれるので安心だ。
シェフソムリエの井黒卓氏は、2020年の「全日本最優秀ソムリエコンクール」で優勝
シェフソムリエの井黒卓氏は、2020年の「全日本最優秀ソムリエコンクール」で優勝
ソムリエに直接飲み頃を相談できるのも大きい。例えばDRC「ラターシュ」の2015年と2016年で迷った場合。2015年の方が価格は10万円高いが、その利益を失っても、今飲み頃である2016年を薦めると井黒氏。

「我々はソムリエとしてのプライドを持って働いています。ワインに対しても、お客さんに対しても誠実でないといけない」と語る。「DRCの2015年はグレートヴィンテージですが、今はおすすめしません」と自信を持ってアドバイスできるかは、ソムリエの力量にかかっているのだ。

一方、ブルゴーニュ好きの頭を悩ませるのが、近年の価格高騰だ。2016年からロオジエで働く井黒氏も、ひしひしと値上がりを実感している。特にコロナ禍以降円安が進み、ジャン・イヴ・ビゾー、シルヴァン・カティアール、ジャック・フレデリック・ミュニエといったブルゴーニュの人気の造り手の価格も上がっているという。

ルロワやドーヴネなど「世界一高いワイン」ランキングに名前を連ねるカリスマ生産者のワインは、高価になりすぎたため、オンリストすらしていない。ワインの価格高騰とともにこの5年で客層も変わったと感じており、以前は「ロオジエはワインが豊富で安く飲める」という目的で来ていた客が、めっきり少なくなったという。

「日本でワインを一番売るソムリエチーム」

井黒氏率いるロオジエのソムリエチームは、ワイン業界でも一目置かれる精鋭ぞろいのソムリエ軍団だ。シェフ・ド・カーブの中村僚我氏もコンクールで頭角を現すなど、チーム力の強さを見せつけている。

特筆すべきが、ロオジエ専属で勤務するソムリエ陣に加え、普段は他店で働く外部のソムリエが、週1回といったイレギュラーな勤務でチームに加わることだ。そこにはコンクール挑戦者や一流の現場で働きたい意欲ある若手ソムリエが集まる。さらに「乃木坂しん」オーナーソムリエの飛田泰秀氏や、ワインスクール「レコール・デュ・ヴァン」人気講師の太田賢一氏、人気ドラマ・グランメゾンのソムリエ役を監修した「TOYO」の成澤亨太氏などベテラン勢も即戦力として加わり、若手のサポートに回る。

こうした新しい働き方の背景には、「若手ソムリエを育てたい」という井黒氏の想いがある。高級ワインを経験しておくことはソムリエとして必要だが、その機会はますます失われている。高価なワインやペアリングを薦めるにしても、自分の言葉で説明できなければその価値は真には伝わらないし、一流の客はワイン経験値が高い方も多く、付け焼刃では通用しない。高級ワインを日々扱うロオジエでは、手が届かない高級ワインはもちろん、世界中のワインを勉強できる機会がある。

「昨今は飲食業界の人不足が叫ばれていますが、魅力的な職場には人が集まるんです。どうすれば、彼らが働きやすい・働きたいと思う職場を創るか、それをマネジメント側で考えなければならない」と力を込める。
ワインリストの1ページ目にはソムリエの名が刻まれている。
ワインリストの1ページ目にはソムリエの名が刻まれている。
井黒氏が目指すのは、「日本でワインを一番売るソムリエチーム」を創ることだ。

「飲食業界離れを防ぐために、まずは賃金を上げる必要がある。ソムリエだけでなくキッチンやサービス、レセプションなどを含め40~50人のロオジエチーム全員を幸せにするために僕の立場でできるのは、ワインを売ること。ワインを適正な価格で売ってより多くの利益を出せば、チームに還元できるのではないかと考えました。そのためには個人でなくチームで力を合わせることが大切なんです」と話す。

客にとっても、通常は手に入らないようなワインが、良心的な価格で最高の空間で飲めればハッピーだろう。関わる人すべてが幸せになれる場所──それがファンを惹きつけてやまないロオジエの魅力なのだ。

水上彩(みずかみ・あや)◎ワイン愛が高じて通信業界からワイン業界に転身。『日本ワイン紀行』ライターとして日本全国のワイナリーを取材するなど、ワイン専門誌や諸メディア等へ執筆。WOSA Japan(南アフリカワイン協会)のメディアマーケティング担当として、南アフリカワインのPRにも力を注ぐ。J.S.A認定ワインエキスパート。ワインの国際資格WSET最上位のLevel 4 Diploma取得。

文=水上 彩・編集=石井節子

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