教育

2024.03.01 13:45

トップダウンじゃないがきっちり叱る。「Jリーガー32人輩出」の黄金育成術

石井節子

J3・奈良クラブ ユースコーチ兼テクニカルダイレクターに就任した内野智章氏

昨今、定着しつつある言葉の一つに「ロジカルハラスメント」がある。上司・部下の関係のなかで、上司側が正論を突きつけるものだ。過剰に正論をかざされたことで、部下は自信を奪われ、混乱する。これが苦痛と捉えられるのだ。ともすれば言ったもの勝ちになりそうな好ましくない傾向でもあるが、ビジネスの場において、物事を体系的に理解し、筋道を立てて行動する論理力は不可欠と言えよう。しかしながら、叱ることが難しい時代になってしまった。では、どうするべきか。そのヒントを探ると1人の指導者に行き着いた。
 
「指導者の言葉に気落ちするのではなく、時には自分の言葉で言い返す……成功してプロ選手になった学生のほとんどに反骨心があった」。

こう語るのは、J3・奈良クラブのユースコーチ兼テクニカルダイレクターに就任したばかりの内野智章氏だ。

興国高校サッカー部を指揮した際には30人以上ものプロサッカー選手を輩出。日本代表FWの古橋亨梧もその一人である。育成に定評があり、青森山田高校から町田ゼルビアに移った黒田剛監督と同じく、高体連で実績を残した後にJリーグに転身。プロになった選手の多くは、監督からのトップダウンな指導に対し「論理的な正論を外すスキル」を持ち合わせていたと言う。その真意について聞いた。

ボトムアップ式で育む「認知・判断・実行」のスキル 

「せい‐ろん【正論】読み方:せいろん 道理にかなった正しい意見や議論」。辞書で引いた正論の意味はこうだ。
 
しかし、内野氏が率いた興国高校で使われるこの言葉の意味は、「内野メソッドであること」と言い換えられるだろう。内野メソッドの芯を担うのは、状況に応じた適切なプレー判断。状況を理解し、正しいプレー判断ができる「頭の良い選手」としての振る舞いだ。
 
例えば、サッカーの試合中でのこと。相手ゴール前で守るディフェンス側は1人で、オフェンス側が2人、いわゆる2対1のオフェンスが有利な状況。数的なメリットを活かしてパスをつかって打開するのが一般的だ。確率を考えると、パスを使う方が圧倒的にゴールの可能性が高くなる。10人いたら10人の指導者が「パスをすべき」と指示を出すだろう。それは、道理にかなった正しい意見だからだ。まさしく正論。
 
しかし、「内野メソッド」では「認知・判断・実行」が最優先される。対峙する相手の個性やGKの位置なども鑑みて「認知・判断・実行」しなければならないなので、「パスをせずにドリブルを実行することも正しい」とされるのだ。確率という正論だけで語れないのが、このメソッドの特徴。
 
「認知・判断・実行」は技術面だけではない。学生自らが試合に出場するメンバーを考え、監督との相談と共に試合に挑む。うまくいくケースもあるがその逆も。実際にインターハイ大阪府予選で監督との意見の違いがありながらも、学生らが選んだ構成で挑み敗退したこともある。試合だけでなく、遠征に帯同するメンバー、Aチーム、Bチーム、Cチーム……、それぞれに所属するメンバーについても自分たちで決定しなければならない。思考面でもこれらがついてまわる。
 
「チームのメンバーを決めるということは、それなりの理由が必要です。納得できる理由を丁寧に集めることが大切。それより重要なのは、正論を語るよりも、選ぶ側にまわった学生の態度や立ち振る舞い。どのようにいるかが問われる。そうやって『認知・判断・実行』のスキルを身につけてもらうんです。いわゆるボトムアップ型の指導ですね」(内野氏)

トップダウンな指導を「外してくる」学生も?

技術面・精神面でも正論をもってかざしていても通用しないことを、学生同士は知っているのだ。その中で、Jリーガーとしてプロに進んだ学生は“個性”が突出していたと内野氏は振り返る。学生主導でボトムアップ的にチーム作りを行う内野氏だが、高校3年間という短い期間で、それも中学校までは別々のチームで違った価値観で育った学生たちを同じ方向に向けるため、トップダウン的に指導することもある。特に試合という体験のなかで学ぶものは多いと考えるため、試合中は熱く声をかける。対戦相手が驚くほどのトップダウンもあると言う。そんなトップダウンの指導は短期的には結果が出やすいと冷静に分析する。
 
「プロ選手になった学生らには共通点があります。僕のトップダウンな指導を外してくるんです。トップダウンを受け入れる余裕もあるのですが、しっかり反発して言い返してくる。そんな彼らには、持論も自信もアイデアもある。だからこそ、言わば正論となりうる僕のトップダウンも外せるんですね。それ以上に大人の議論に入ってくるスキルがあるんです。
 
でも、これができる理由は、彼らの中にボトムアップが根付いているから。『認知・判断・実行』のなかから得られたんじゃないかと。いま、J1リーグでも活躍している樺山諒乃介(サガン鳥栖)、宇田光史朗(横浜FC)らがまさしくそうでした。また、宮城和也(FC大阪)は、卒業後に中央大学でキャプテンを務め、怪我の影響もあり即Jリーグとはなりませんでしたが起業を選択。人材業をやりつつも現在はJ3リーグに所属しています」

プロに進んだ一部の選手だけでなく、大学でキャプテンを担うメンバーやその後に起業、会社で責任あるポジションに就くメンバーも多く、責任を取れる人材がいることを誇らしく思っているそうだ。
 
「日本の社会に出ていくので、ある種、トップダウン的な指導を受けておく必要はあると思うのです。その中でボトムアップできる経験ももってもらいたい。このハイブリッドな体験は、社会に出ても必要とされる部分でしょう。スポーツ経験者に期待されるところかと」
 
スポーツ経験者、とりわけラグビー経験者は経営層に多いと言われる。ユニクロ(ファーストリテイリング)やローソンの社長を歴任し、現在はデジタルハーツHD社長CEOを務める玉塚元一氏(慶應大学ラグビー部出身)、TBSホールディングス社長の佐々木卓氏(早稲田大学ラグビー部出身)、日本製鉄会長の進藤孝生氏(一橋大学ラグビー部出身)らだ。

ラグビーは、グラウンドに入ったら監督がいない。スタンドに座る監督は、一挙手一投足に指示を出さないため、選手らは自分たちで判断し、行動する必要がある。彼らは学生時代にハイブリッドな体験を多くしたことが想像できる。

「パスを繋ぐのかドリブルするのか」自分で考える

技術だけでなく主体性をもった学生だからこそ、プロの世界に入れたと言える。有能な若者と対峙した時、マネジメント層はトップダウン的に正論をかざすだけでは、彼らは長く付き合ってくれないだろう。ボトムアップをベースとし、トップダウンでアドバイスをおくる形があってもいい。
 
「ボトムアップをやると決めたら、指導者も学生も立場はフラット。学生が忖度したら意味がないですからね。フラットな立場で目標を目指すんです。僕に試されているのは、それを受け入れる勇気があるかどうか。試合出場メンバーや遠征メンバーから外れる学生の人生もあるし、それで負けた時の責任をとる必要がある。
 
会社組織でも同じではないでしょうか。今の学生たちは賢いので、大人の様々な立場を見透かしている部分もあるでしょう。ですので、中途半端なトップダウンよりは、徹底的にトップダウンもするし、そして、しっかりボトムアップで受け止める、それでいて責任を取る方が、良い関係性を長く続けられると思います。ハラスメントが騒がれやすい時代であるのも理解しています。それで言わなくなってしまったら、ちょっといびつな組織になってしまうのではと思います」

「ロジカルハラスメント」と言われるマネジメント層の多くがその自覚がない。良かれと正しいことを伝えていると考えるからだ。根底には「育って欲しい」の思いがあってのこと。それがハラスメントになっては双方が不幸となる。視野を広げて向き合うことが問われる。
 
学生と社会人では立場が異なるが、いずれも組織の未来を担う存在。彼らの可能性を引き出すためには、「正論(トップダウン)」だけでは難しい時代になってきた。多くの情報や比較材料をもつ彼らには、「正論を外す(ボトムアップ)」技術をどのように持ってもらうか。マネジメント層の度量も試されそうだ。
 
この2月よりJ3・奈良クラブのユースコーチ兼テクニカルダイレクターに就任した内野氏。同チームでも「認知・判断・実行」をテーマに育成に力を注ぐ。パスを繋ぐのかドリブルするのか、右なのか左なのか、ロングなのかミドルなのかショートなのか、すべてのポジションの選手が常に考え、そして、グラウンド上で自分を表現する。

上沼祐樹(取材・構成)◎編集者、メディアプロデューサー。KADOKAWAでの雑誌編集をはじめ、ミクシィでニュース編集、朝日新聞本社メディアラボで新規事業などに関わる。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科を修了(MBA)し、大学で編集学について教えることも。フットサル関西施設選手権でベスト5(2000年)、サッカー大阪府総合大会で茨木市選抜として優勝(2016年)。

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