経営・戦略

2024.01.20 10:00

ビッグモーターと「真逆」のスタンス。車検館が過去最高益へ

高いリピート率と低い離職率

この「1台の車を整備士が最初から最後まで責任をもって送り出す」体制は、実際に2つの面で効果を発揮している。

ひとつは極めて高い顧客のリピート率だ。正規のカーディーラーを除けば、車検や整備をひとつの工場に継続して任せる顧客はそれほど多くない。というのも、車検や整備は差別化が難しいからだ。それゆえ、価格最優先で選ぶ顧客が相当数いるのが実情だ。

こうした囲い込みが困難な業界構造のなか、同社のリピート率は実に8割に達する。一度車検館で車検や整備をすれば、次の車検、そして買い替えた後も車検館。そんな顧客がほとんどなのだ。

車検館はビッグモーターのように派手にテレビやラジオで広告を展開してこなかった。ネット広告を少し展開するのみである。まさに整備士が顧客に直接向き合う「広告塔」として機能しているからこそ、信頼を勝ち取り、高いリピート率を維持できているのだ。

もうひとつの効果は、整備士の離職率を抑えていること。少子化の影響などで求人倍率が高止まりするなかで、特に技術者の採用にはどの企業もかなり苦戦をしている。裏を返すと、整備士からすれば「空前の売り手市場」だ。

そんな「整備士が辞めやすい」環境にあって、車検館の約50人の整備士は2023年、ひとりしか辞めていない。2022年も整備士の退職はわずか1人と、極めて低い離職率を維持し続けている。

とはいえ、車検館は同業他社と比べて、突出した給与を払っているわけではない。やりがいを感じるがゆえ、長く勤めるようになるのだ。

同じ職場で腰を据えて仕事に真剣に取り組むことで、自身の技術を磨くことに集中できるようになる。そんな整備士の誠実な姿勢と高い技術力に満足した顧客が、次回の整備も車検館に委ねる。こんな好循環が生まれた結果、過去最高益を達成したのだ。ビッグモーターなどの自動車整備会社とは真逆の、地道な取り組みだ。

好調な業績を追い風に、車検館は整備士の大幅な拡充を進めようとしている。今年度は新たに10人の整備士を採用する計画だ。現在、整備士は50人なので、文字通りの大幅拡大となる。

「ビッグモーターの一件以降、就職希望者の志望動機が変わってきたのを肌で感じています。『自分が勤める整備工場でも、じつはビッグモーターと大差ないことをやっている。もし不正が発覚したら、会社が潰れるだけではなく、自分の整備士免許が剥奪されるかもしれない。そんなビクビクした思いをせずに済む、整備士として誇れる仕事がしたい』という方が何人も来るようになりました」(伏見社長)

これまでは整備士の募集をかけても、なかなか人が集まらない状態が続いていたが、最近では順調に応募者が来るようになっているという。とはいえ「ビッグモーターの整備士が転職市場に溢れ出す」という展開には現在のところ、至っていない。なぜ「沈む船」から、大挙して逃げ出さないのだろうか。
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文=下矢一良

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