新しい方向性は「ハラール中華」
では、これから先の「ガチ中華」の展望はどうなのか。筆者は1年前に書いた「コロナ禍でも『ガチ中華』の出店が加速化した5つの理由」というコラムの中で、「気になるのは2020年代の中国の政治経済的な変動要因だ。人やカネ、モノの流れがこれまでどおり自由に行き交うことができるのか。それは『ガチ中華』の盛衰にも影響を与えることだろう」と述べたのだが、どうやらそのとおりになってきたような気がする。とりわけ日本に住む中国の人たちにとって、母国の経済低迷や訪日客の激減は気の重い話である。コロナ禍以後の商機の期待は裏切られ、一部の「ガチ中華」のオーナーたちはやり方を変えなければならないと感じ始めているようだ。つまり、在日同胞だけを顧客と考える商売を、これからは転換していかなければならないということでもある。
1つの新しい方向性として面白いのは、最近、日暮里にオープンした「ハラールキッチン(清真小厨)」という「ハラール中華(清真菜)」の店である。
「ハラール中華」とは、中国に住む回族などのムスリム諸民族が食する料理であり、筆者も中国で何度か舌鼓を打ったことがある。豚肉を使わないことが特徴で、代わりに羊肉や鶏肉、牛肉の料理が主体となる。
「ハラールキッチン」を訪ねると、中国人の客に交じって、マレーシアやウズベキスタン、カザフスタン、トルコ、エジプトなどのムスリムの客を見かけた。
彼らに話を聞くと、在住自国民のSNSやハラールコミュニティのネットワークを通じてこの店を知ったのだという。彼らにとって、味が濃く輪郭のはっきりしたハラール中華は、新鮮でおいしく感じられるのだそうだ。
同店の中国人オーナーは、開店の理由について「インバウンドでムスリムの客も増えているし、ハラール中華であれば、日本在住のムスリムの人たちとともに、誰もが日常的に清真菜に親しんできた中国人、そして日本の方にも楽しんでいただけるからだ」と話す。
この店が、国内在住約20万人といわれるムスリムの人たちの関心をひそかに呼んでいるのだとしたら、「ガチ中華」のワールドワイドな広がりとつながりをあらためて実感させてくれる。
筆者は、地方から上京してきた友人知人に池袋の「ガチ中華」を案内してほしいとよく頼まれる。先日、そんな友人のリクエストで、中華フードコートの「沸騰小吃城」を訪ねたところ、大阪出身の彼は「上京したとき、1人で食事をするのにここはうってつけ」だと喜んでいた。
この店が面白いのは、周辺の店とは違い、大半の客が日本人、特に若い世代であることで(平日は特にそのようだ)、これは池袋でもかなり珍しい光景といえる。中国各地の地方料理や中華ファストフードが気軽に楽しめるうえ、新作メニューも次々登場する。なにより筆者の世代にとっては、昔の香港の雑居ビルの中にあったフードコートの蕪雑(ぶざつ)で気ままな雰囲気が好ましく感じられる。
いつも臨機応変にあの手この手を考えている「ガチ中華」のオーナーたちは、これからはより日本の人たちにもわかりやすい、嗜好に合わせた味を提供する店をオーブンしていきそうな気がしている。
連載:東京ディープチャイナ
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