経済

2023.12.20 08:00

インボイス反対署名、オンライン国内最多54万筆超。なぜここまで異議多い?

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9月末、「インボイス制度を考えるフリーランスの会」(通称「STOP!インボイス」)が、国内最多オンライン署名数となる54万筆超のインボイス反対署名を岸田総理に届けたことが話題になっている

以下は、同「インボイス制度を考えるフリーランスの会」の発起人であり、『週刊文春』『文春オンライン』『プレジデントオンライン』などへの寄稿も多い編集者・ライターの小泉なつみ氏による、同会が実施したアンケート結果を元にした寄稿である。


「インボイス制度を考えるフリーランスの会」では、インボイス制度開始1カ月を機に実態調査を実施した。集計期間11日間で集まった約3000人の声が教えてくれたのは、不安が現実のものとなり、「実害」として降りかかっている現状だった。

本稿では、調査結果に届いたコメントと合わせて、改めてインボイス制度の問題点を解説していく(以降、太字は寄せられたコメントから一部抜粋したもの)。


〈調査概要〉「インボイス制度開始1ヶ月緊急意識調査」

調査は、会社員、事業者といった立場や年収を問わず、制度の影響を受ける人を対象に行った。

集計期間:2023年10月20日〜31日

調査主体:インボイス制度を考えるフリーランスの会

調査対象:フリーランス、会社員、経営者など、インボイス制度の影響を受ける方

調査方法:Webアンケートツールを用いたオンライン調査

有効回答数:2868件 

※本調査のグラフは小数点以下第2位を四捨五入しているため、必ずしも合計が100とはならない。

※調査結果の詳細はこちら https://note.com/stopinvoice/n/nb2d6f0019da4

インボイス制度の問題点1:実質的な消費税の増税にもかかわらず、誰が増税分を負担するか、法律で決まっていない

インボイス制度のもとで年商1000万円超の課税事業者が免税事業者と取引を続けようとすると、消費税の負担が増えてしまう。課税事業者が増税を回避するには、以下の選択肢が考えられる。

1.免税事業者に値下げ・またはインボイス発行事業者になってもらうようお願いする

2.コストが上がらずにすむ他の外注先を探す

3.自社の提供する商品・サービス価格を上げる

「インボイス」は、税務署長が発行するTからはじまる13桁の番号を付した請求書のこと。今後、企業が仕入税額控除を受けるにはこのインボイスが必須となる。ごく簡単に言えば、インボイスとは、消費税の納税額を減らすことができる「金券」的価値を持つ特別な請求書なのだ。

この「金券」たるインボイスは誰でも発行できるわけではなく、消費税の納税が生じる課税事業者になることが必須条件だ。そのため、これまで消費税の納税が免除されてきた年商1000万円以下の事業者にとっては、インボイス発行事業者になることが「消費税の増税」になる。

つまりインボイス制度とは、「税率を変更しない消費税の増税」であり、消費税の仕入税額控除の仕組みを大きく変える税制なのである。

さらに事業者にとって頭が痛いのは、実質的な消費税の増税にもかかわらず、誰が増税分を負担するか、法律で決まっていないことだ。「決まり」がないということは、互いに顔色を伺いながら、民間同士で増税分を押し付け合うしかない。「民間」には、消費者も含まれる。

主に出版社と取引をするライターの私であれば、仕事をくれる版元との間で、増税分をめぐって交渉をしなければいけない。仕事というのは、往々にして、お金を支払う発注側が強い立場であることが多いが、たとえば人手不足の建設業界であれば、職人の方に力があることもあり、彼・彼女らと取引のある建設会社は、増税分を引き受けるしかないかもしれない。

このようにして、市場の力関係で弱い方に負担がかかる仕組みがインボイス制度の大きな問題点であり、アンケートのコメント欄にも、税負担をめぐる板挟みや取引先との不和などに関する声が以下のように寄せられた。

「内職で仕事をしている20名程の職人に外注することの多い会社です。外注先は年配の職人で、もちろんインボイス登録などしていない。仕入税額控除が受けられないのがとても痛い」(製造業)

「取引の際に、クリエイター側が金銭面で圧倒的に不利になる契約を提案されることが増えた」(クリエイター)

また、取引や業務などの変化について聞いた下記の設問では、16%超の人が「提供する商品やサービスの値段を上げた(または検討中)」と回答しており、消費税の増税が物価高をもたらしていることも明らかになった。



さらに、インボイス制度によって経理事務負担を訴えた人は、2人に一人という結果になっている。民間の調査では、事務負担費用は年間4兆円にのぼるという試算もあり、増税による徴税コストを民間に負担させることの負の影響は大きい。

インボイス制度の問題点2:免税事業者に対する値下げ圧力・取引排除


「営業活動での手土産について、インボイス未登録の小さな和菓子店や、洋菓子店では経理処理上支障が出るので購入禁止と通告されました。インボイスを理由に除外されるお店は増えていると思います。こうしたことが重なって売上が減り、潰れてしまわないか心配」(卸売・小売業)


「プライベートでも仲の良い社長から『未登録の相手とは今後、取引をしない』と言われた」(クリエイター)

実態調査では、免税事業者と取引した際の増税・事務負担を回避したい会社が、社内で「免税事業者は使うな」という“お達し”を出している事例が散見された。それと呼応するように、免税事業者に突然仕事がなくなる“サイレント排除”に類するコメントも100件超、届いている。

公正取引委員会は、取引先の免税事業者に対する交渉なしの一方的な「値下げ」は独占禁止法違反にあたるという見解を示す一方、事務負担を理由にした「取引停止」はこれに該当しないという答弁もあり、何が独禁法に抵触するのか、その線引きが明確でない。

加えて、11月に当会が行った記者会見では、インボイスの対応をする公正取引委員会の担当職員は全国でわずか100名ほどであることも判明。インボイスの対象となる事業者は1000万超ともいわれる中、現状、免税事業者を保護するためのセーフティーネットが機能しているのか、疑問が残る。

インボイス制度の問題点3:提供する製品やサービス・スキルの前にインボイスの「有無」で線引きが行われ、自由な商取引に税制が介入しすぎている

「必ず『インボイス登録してますか?』と先に聞かれる。技術職なのに技術云々ではなく、そこが1番最初の判断基準になることが問題」(建設業)

「革小物やジュエリーを加工するインボイス未登録の外注が会社の方針で切られています。個人の外注の方は、技術者とコミュニケーターが同じ人の場合が多く、きめ細やかな仕上がりを求められる現場は大変助かっていました。技術力も高く、長年自社の商品を取り扱っていただいているので仕上がりも予測できて安心して出せます。他の業者を探してどうにかなることではないのです」(卸売・小売業)

時限措置である経過措置などがなくなれば、年商300万円の事業者で年間13.6万円の消費税の納税が発生する(※)。起業を考える人や業界を担う若手にとってインボイスによる税負担が足かせとなり、仕事を諦める人が出てもおかしくない。実際、筆者の知人はインボイスによってすでに廃業している。今後の事業・仕事の見通しを聞いた下記の設問でも、会社員を含む全回答者の約7割が「事業・仕事の見通しは悪い」「廃業・退職・異動を検討中」「すでに廃業・退職・異動した」と、マイナスの影響を訴えた。

※簡易課税制度を使ったサービス業(第5種)の場合



そして、自由記入欄にコメントを残してくれた約2000人の中には、子どもを持つことをためらうといったライフプランへの影響や、「死」を意識するコメントも14件、確認された。「死」についての言及があったのは、すべて年商1000万円以下の免税事業者からの回答であった。

「そもそもコロナ禍による直接的・間接的な影響で仕事が減った中、消費税として納税しなくてはいけなくなるため、生活が苦しくなることは目に見えています。家族計画も考える年齢ですが、子どもを望んでいいかもわかりません」(フリーアナウンサー)

「登録せざるを得なくなったら単純に収入減となるだけ。精神的に追い詰められて死にたくなることがある」(クリエイター)

実態調査の回答者のうち、免税事業者は6割の約1700人である。全国に約500万者いるとされる免税事業者に対し、試みにこの数字を当てはめると、現在4万人以上の免税事業者がインボイス制度によって死を意識していることになる。

インボイス制度は、コロナ禍・戦争・物価高が襲う前の2016年に決まったものだ。それを、ゼロゼロ融資の返済が本格化し、倒産件数が増え、実質賃金19カ月連続マイナスとなる今、開始しなければいけない理由を、政府はきちんと説明してきただろうか。将来設計、職業選択、自己肯定感、そして生きる気力にまで影響を及ぼす税制を今一度、見直す必要があるように思う。


■税制に関する監修:税理士法人 東京南部会計 佐々木淳一税理士



小泉なつみ◎1983年生まれ。編集者・ライター。報道番組制作会社、出版社勤務を経てフリーに。寄稿媒体は『週刊文春』『文春オンライン』『Number』『プレジデントオンライン』『VERY』『mi-mollet』など。2021年から「STOP!インボイス」を掲げ、「インボイス制度を考えるフリーランスの会」として活動を開始する。

文=小泉なつみ 編集=石井節子

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