日常生活のなかで老若男女が楽しめる生き物図鑑アプリ「Biome」。リアルタイムに更新される生物分布データは今、世界的な価値を生んでいる。
身近な公園や散歩道で見つけた動植物や昆虫を、誰しも一度は写真に収めた経験があるだろう。「Biome」は、そんな多種多様な生物の情報を蓄積・共有できるモバイルアプリだ。2019年4月の正式リリースから4年が経過し、現在のユーザー数は80万人を超えている。
生物情報を投稿することでレベルが上がったり、特定の対象生物を見つけて投稿する「いきものクエスト」を達成するとなんらかの報酬を得ることができたりと、ゲーム性もふんだんに盛り込み、ユーザーに積極的な投稿を促す仕組みをつくってきた。
提供元のバイオームの創業者である藤木庄五郎は、「利用者は基本的にオーガニックユーザー。広告を打ったことはないのですが順調に拡大しています。ゲーム感覚で生き物を探すことで、普段の散歩が楽しい発見や学びのあるものに変わる。そんなユーザー体験をつくろうというポリシーが実を結びつつあります」と話す。
利用の拡大に伴い、地方自治体や民間企業とタイアップした企画をアプリ内で展開する事例も増えてきた。しかし、バイオームはアプリを通じて提供するサービスから直接得る収益をビジネスの柱にしようとは考えていない。「うちのビジネスってちょっと変わった構造になっているんですよ」と藤木は笑う。
バイオームのビジネスは、3つのレイヤーで構成されるという。最もベーシックなレイヤーが「チーム」で、生態学の専門家やエンジニア、デザイナー、データアナリスト、セールスなど、経営戦略上必要な領域・業務の知識とノウハウをもつ人材を揃えている。中間のレイヤーは「アセット」で、生物多様性保全に資するデータとその収集の仕組みを指す。「Biome」や法人のESG情報開示ニーズにも応える本格的な生物調査専用アプリ「BiomeSurvey」などはこのレイヤーに相当。そして、アセットの上に「パッケージ」レイヤーがある。これは、チームの知見とアセットとして蓄積されたさまざまなデータやその処理技術を組み合わせ、都度市場のニーズに応えて開発する商材のことだ。
「ネイチャーポジティブにおける最大の課題は、自然の現状を把握するための生物分布データが圧倒的に足りないこと。『Biome』では位置情報とともに生物の情報が投稿されて、毎日1万件規模で全国のデータが更新され続けます。アセットの構築にあたっては過去の調査データも集約して活用できるかたちで整理していて、リアルタイム性のあるデータと組み合わせて分析すれば、生物多様性が改善しているのかを追跡できる。こうした仕組みを構築できているのは、世界でうちだけでしょう」
17年の創業以来、資金のほとんどをアセットの構築に注ぎ込んで、誰にも真似できない頻度、範囲で生物分布データを蓄積できる環境を整えた。こうした投資をパッケージの対価で回収するというモデルはうまく回りつつある。直近の会社の売り上げは前年度比で3倍ほど伸びているという。
パッケージは現在、30種類以上をラインナップしている。密猟対策や外来種駆除など、具体的な用途・目的別に整理した二次データの提供が中心で、そこからインサイトを導き出すまでを合わせてバイオームが手がけるケースもある。目下、いちばん引き合いが多いのは、23年9月に第一版が発表される自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の指針に対応した情報開示の支援パッケージだ。