シャトー・メルシャンのブドウ畑が採用しているのは、棚栽培ではなく、垣根仕立ての草生栽培だ。定期的に下草刈りを行うことで、ブドウ畑が生物多様性の回復に重要な草原としての機能を果たした。
「人の手がかけられることで守られる『二次的自然』として、日本は里山というコンセプトを国際的に提唱しているのですが、実はその論拠となるアカデミックペーパーは少ないんです。ビジネスを行いながらのネイチャーポジティブを科学的に証明したことは世界的に大きな価値がある」
23年の環境報告書では、スリランカの紅茶農園について詳細な調査を行ったが、「ここでも大きな発見がありました」と溝内。低地の農園は土地開発によって森林が分断され、生態系の連結性が損なわれることで生物多様性のバランスが崩れる傾向に。一方、高地の農園は森林が豊富なものの、国立公園や保護区に近い。
「低地では、分断的な森を緑の回廊でつなぐことで、生物多様性を維持回復するアプローチが考えられますし、高地では、農地と保護区の間に緩衝となる森林の保全が必要です。これまでもレインフォレスト・アライアンス認証(持続可能な農業を推進するための包括的な認証制度)の取得支援などを進めてきましたが、今後はそれぞれの場所に適したやり方を探る必要がある」。
キリンでは、こうした取り組みをブランド価値向上にもつなげていく方針だ。シャトー・メルシャンはその典型だろう。ワインには生産地の特性が味わいを左右する「テロワール」という概念がある。生態系は豊かな味わいの源泉であり、ここにネイチャーポジティブの要素も加われば、ブランドの信用を高められる。
清涼飲料においても、産地による付加価値向上に挑戦している。「紅茶葉で有名な地域として広く知られているのはインドのダージリンくらいでしょう。スリランカはセイロンティーとして認知されていますが、地域までは知られていませんでした。そのブランド化を17年前に始めたのが『午後の紅茶 茶葉2倍』です。『ウバ100%使用』の表記で同地域の認知は向上して、茶葉の単価も商品のブランド価値も上げられた成功体験がある」。
23年6月、キリンは「午後の紅茶」の主力3商品のラベルを刷新し、それぞれキャンディ、ディンブラ、ヌワラエリアの産地名を大きく強調した。溝内は言う。「生物多様性の調査や保全を通じて、サプライチェーンを安定化する。同時に、産地の認知を高めてブランド価値を向上していく。リスクの低減と経済的なリターンの両方を狙っていきます」。
みぞうち・りょうすけ◎キリンホールディングス常務執行役員(CSV戦略)、ライオン取締役、コーク・ノースイースト取締役、メルシャン取締役(現職)。1959年生まれ、徳島県出身。一橋大学経済学部卒。MITスローンスクール・オブ・マネジメント修了。82年キリンビール入社。