2022年1月の衆議院本会議にて、岸田文雄首相が「文化アート振興を推進していく」と発言したことが一部メディアで注目を集めました。それまで国会で総理大臣がアートに直接言及することはほとんどなく、国家という単位におけるアートの存在感は大きくはなかったからです。
それから1年半ほどたった2023年7月、経済産業省が「アート経済社会について考える研究会報告書」を取りまとめ発表します。本報告書は、経済社会との結びつきという点に根差し、アートを「企業・産業」「地域・公共」「流通・消費」「テクノロジー」の4つの需要の類型から考察しているものです。経産省のねらいは、本研究を「文化アートと経済社会の循環エコシステムの構築」に向けた施策検討、ひいては経済発展・活性化に役立てることにあります。
道具主義的文化政策への懸念は依然として存在するものの、文化芸術と経済は決して不可侵領域ではありません。観光や地域活性化、産業振興、R&Dや人材開発などさまざまな観点から光を当てることで、芸術の潜在的な価値がより引き出されていくのです。近年の各分野からのアートに対する関心の高まりは、こうして国からも後押しされる格好となりました。
開かれる美術館の重い扉
そうした動きを背景に、今春、文化庁を母体とした2010年代半ばからの議論と検討を受け、7つの国立美術館を所管する独立行政法人国立美術館のもと、国のアート振興機関である国立アートリサーチセンター(NCAR、エヌカー)が発足しました。センター長には森美術館の館長を務める片岡真実が就任し、日本のアート振興のために、美術館資源の活用や発信を軸に、広く社会におけるアートの芸術的・社会的な価値の向上に取り組んでいくといいます。
日本は1980〜90年代の美術館建設ラッシュの助けもあって全国に4〜500館を擁する美術館大国ですが、限られた人材・資金ゆえに各館そのものの開発や地域社会・経済への接続がまだまだ不十分であることが指摘されてきました。しかし美術館には豊富な美術品と専門家人材、立派な「箱もの」が備わっています。
直轄の国立美術館を中心に全国津々浦々の美術館とのネットワークを強化し、アート振興につなげようとするNCARには、日本が培ってきた膨大な美術資源と社会・経済とを結ぶ要となることが期待されています。