その料理はというと、ニンニクを効かせたフランに、もち米のお粥をのせ、薄くきった舌を、生姜オイルの中でしゃぶしゃぶにしたものを乗せている。さらに、脂肪と卵黄を乗せて、最後にワニの出汁を注いでいただく。ワニの肉は臭みがなく、少し豚肉に似た食感で、尻尾や骨の出汁はゼラチン質が豊富な鶏の出汁のような印象だった。
サンドワームは、豚肉料理の隠し味として、干したものからとった出汁が使われている。干したものをそのままいただくと、まるでスルメのような旨みがある。
とはいえ、エキゾティックな料理ばかりではない。アイスベット氏は、オーストラリアの有名店「テツヤズ」の和久田哲也氏に師事したこともあり、「ヒラメの昆布締め」を美しく盛り付けた料理など、日本人の味覚に親しみのある料理もある。
この他にも、アヒルに中国の甘くて濃厚な醤油、ダークソヤを合わせたものなど、シンガポールでの経験も生きた料理が続く。アジアの“馴染みのある味”も織り込みながら、美食の文化を浸透させていこうと考えている。
ヘッドシェフ以外、14人の厨房スタッフは全員がベトナム人で、以前この場所にあったベトナム料理店での経験しかなかったが、ぐんぐんとモダンオーストラリア料理を吸収しているという。
15人のサービスチームを司どるのは、「ホワイトグラス」時代にレストランマネージャーを務めていたデシデリオ・ベヴィラックァ氏。ワインも品揃えも豊富で、地元スタッフの説明も流暢だ。デザートの前にはチーズワゴンもあり、まさに洗練された美食体験ということができるだろう。
同席したベトナム人ジャーナリストは、「ベトナムに美食の文化が生まれはじめたのは3年ほど前から」と言い、次のように続けた。
「ここのところ新しいホテルのオープンが続き、競争が激化している。より良い体験を生み出す上で、食は重要な鍵。かつて、ベトナム人は、西洋風のケーキを好まなかった。でも、それは美味しいケーキを知らなかったから。最近は良い店も増えて、皆がケーキを食べるようになった。美食に関しても、きっとそれと同じことが言えるはず」
ちなみに、エレガントでシックなインテリアに対して、化粧室は一変、ストリートグラフティが描かれたロックなものだった。アイスベット氏の料理は、どれも繊細で可憐な見た目だが、その裏には革新を起こすロックな魂が隠れている。そんな彼らしさを表現するようなギャップのある内装にも、今の時代感が感じられる。
この国の文化をいち早く変えることができるか、アイスベット氏の挑戦は始まっている。