異なるものを取り入れて調和させる懐の深さ
器だけではない。茶の湯では、炉に炭をつぐときに羽箒で道具を清める。アメリカではネイティブアメリカンの羽根を羽箒のかわりに使った。このように現地の民族文化を何かしら取り入れて客をもてなすのが岩本流だった。現代の茶の湯は作法が厳格に決まっており、そこからの逸脱を許さない格式の高さがある。道具を異文化のもので代用するスタイルは異端に思えるが、岩本は「これは本来の姿」と解説する。
「千利休は裏山から切ってきた竹を花入れにしたように、次々に“見立て”のイノベーションを起こしました。現代は、新しい見立てが起きづらくなっていることは確かですが、もともとはイノベーティブなものです」
異なるものを取り入れて調和させる懐の深さをもっていた茶の湯が、なぜ敷居の高さを感じさせるものになったのか。きっかけはパトロンの消失だ。江戸時代まで茶道は武士や商人に庇護されて発展してきた。しかし、明治の文明開化で後ろ盾を失う。そこで「茶道は礼法」と打ち出して学校教育に参入。茶の湯文化を存続させるためにマーケティングを変え、それが今も続いているわけだ。
ただ、現代では格式の高さがかえって人々から茶の湯を遠ざけ、文化を廃れさせる要因になっている。茶の湯文化を一部のパトロンや公的な庇護に依存することなく経済的に自立して存続させ、本来の精神性を広げていくことはできないか─。そうした問題意識から岩本が21歳のときに立ち上げたのがTeaRoomだった。
現在の売り上げは前述のコンサルティング事業が大半を占めるが、岩本が真っ先に参入したのは生産だった。静岡市大河内で廃業が決まった茶畑と工場を取得して、一次産業から手がけたのだ。生産から手がけると投資額は大きくなる。また、年々縮小しているお茶市場を反転させたければ、マーケットに近い川下から需要を喚起することが常道だ。
にもかかわらず、なぜ生産だったのか。岩本は、「すでに生産現場は危機的だった」と理由を明かす。
「お茶農家の平均年収は90万円ほど。商品が唯一伸びているのはオーガニックのお茶ですが、既存の茶畑を有機転換するには3〜5年かかり、その間農家は収入がゼロになってしまいます。お金をもったプレイヤーが生産に参入して有機転換を進めていかないと、お茶に未来はない」
一方、したたかな計算もあった。農家が廃業寸前なら、農地や工場は安く手に入る。今後も斜陽化が続くなら落ちるナイフに手を伸ばすようなものだが、「お茶には本質的な価値がある。長い目で見れば必ず価値が上がる」と積極的に投資した。
川上でお茶生産の再生を図る一方で、川下のマーケット開拓にも余念がない。日本は最重要のマーケットだが、伸びしろが大きいのは世界のほうだ。岩本は今後アメリカとインドに現地法人を立ち上げる予定で、両国をたびたび訪れている。
「インドは国が爆発的に成長し、コーヒーなら第1次ブームから第3次ブームまでが同時に起こっているような状態。私たちも強い需要に乗り、抹茶の卸からスタートします。アメリカは哲学サロンが流行して、お茶の精神性に共鳴する人は多いはず。まずはお茶の体験施設をつくり、茶の湯をインスタレーション作品としてアートフェアに出展することも予定しています」
世界をお茶でつなげた後のビジョンもある。最後に岩本はこう教えてくれた。
「お茶を通してできた世界のネットワークを日本のスタートアップに開放したい。世界を茶室に見立て、国内外の起業家を招いて対立のない関係を築いてもらう。それができたら茶道家として最高のおもてなしでしょう」
いわもと・りょう◎1997年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。9歳のときに茶道裏千家に入門。茶歴は17年を超え、岩本宗涼という茶名をもつ。2018年21歳のときにTeaRoomを創業した。