市長が変われば、市民の生活はがらりと変わる。彼女の施策に市民から感謝の声も届くようになったが、ならばもう1期、3期目も、とはならなかった。
「市長1年目の私と比べて8年目の私はどうか。たぶん能力は大きくは変わらないんです。1年目は外の目で見る力が高かったけど、8年目になれば市役所の論理もわかるようになってくる。外の目という力は減る。ですが8年やれば議会との調整力は上がり、やりたいことをどうすれば実現できるかを見極められるようになる。結果的に失う力と得る力がある。市民との約束と私の目標は達成した。あとは次の方にお任せするタイミングだったということです」
越は先輩世代として、ある条件をつければ「女性、若者は選挙に強い」とエールを送る。それは選挙区が広く、政党色を打ち出すより、変革のイメージを打ち出せる選挙戦だ。選挙エリアが狭ければ地縁や培われた関係性で決まるが、広くなれば「何かを変えてくれそう」な候補者を選ぶという勝負にもち込める。
選挙によって得られるのは行政のトップとして生活に直結する課題を解決するために「決めて、責任を取る」という仕事だ。
越のキャリアから見えてくるのは、「自分にしかできない」ミッション、難しいがやりがいのある仕事が何物にも代え難いと感じるエリートがいるということだ。一昔前にもそうした人々はいた。だが、彼らはNPO、ビジネスから社会課題の解決を目指したが行政には飛び込まなかった。あくまで“外の世界”にとどまった。
私が見るに、彼女が示した最大の成果は行政のトップに立てば、大きな予算を動かして8年間で一定の成果を出せるということだ。飛び込む勇気と明確なビジョンさえあれば、ビジネス以上に一気に変化をもたらすことができる。この魅力がより伝われば、「行政」という新しい選択肢とトレンドが生まれるだろう。
変革は常にその世界の多数派ではなく、少数派によってもたらされる。政治、行政の世界でもそれは変わらない。前例はすでに作られた。挑戦者は今後も現れ続ける。私の予感は確信に変わりつつある。
いしど・さとる◎1984年生まれ。毎日新聞社、BuzzFeed Japanを経て独立し、ノンフィクションライターとして活動。「文藝春秋」に寄稿した「『自粛警察』の正体」で第1回PEPジャーナリズム大賞を受賞。著書に『東京ルポルタージュ』(毎日新聞出版)、『ニュースの未来』(光文社)など。