キャリア

2023.09.10 17:00

元・最年少女性市長からの助言「行政」に挑戦者が出続ける意義

Forbes JAPAN編集部
2000年代の米国では、ちょうどハーバードのOBでもあるバラク・オバマ旋風が吹いていた。滋賀県では嘉田由紀子(現・参議院議員)が県知事に就任し、地元にも新しい流れが生まれようとしていた。

「日本では多くの女性が仕事か、子育てか、の選択を迫られているという現実がありました。こんな現状を変えたいと思ったんです。必要なのは、単純ですが保育園を増やすことだと。保育園の設置権限は市にある。だから大津市の市長になれば課題を解決できるだろうと考えました」

だが、葛藤はあったという。実際の選挙現場を見るため、11年統一地方選のボランティアに参加するまではよかった。目の当たりにしたのは、地元の選挙に関心をもたない市民の姿だった。本当に市長を目指してもいいのか。キャリアを犠牲にしてまで挑む仕事なのかを悩む越に、米国の弁護士仲間はこう声をかけた。

「他の誰でもない。自分にしかできない仕事をするべきだ」

たったひとりしかいない市長か、代わりがいる弁護士か。答えは決まったが、ある日本の政治家からはいきなり市長を目指すのではなく、市議選からコツコツ始めてみたらどうかという助言を受けた。しかし、今になって思う。

「市議からスタートするのはまったく違うと思いました。市議の仕事は予算や条例を決めたりすることです。そもそもの予算をつくる権限は市長にある。行政のトップ、執行機関である市長と市議ではまったく仕事が違います。市議に保育園をつくる予算を提出する権限はないのだから、私が目指すなら市長しかなかった」

保育園等54園整備、目標達成

2012年1月──。36歳、若き市長が誕生した。当選後にも課題は待っていた。市役所の抵抗である。市役所の幹部クラスは軒並み50代の男性だ。従来の予算案を大きく組み換え、保育園整備の予算を割こうとする市長の意向を受け入れない。

机を叩く、大きな音を出してドアを閉める。そんなことが何度もあった。「彼らの反応に驚きはしましたが、自分も譲れないので議論はしました。実は保育園をつくるというのは簡単なんです。保育園をつくることは市民が喜ぶことだから、自民党系会派から共産党系会派まで、基本は賛成です。役所も反対しない。

でも、その予算を捻出するために市長・職員の給与カット、高齢者のはり・きゅう・マッサージ助成、敬老祝い金といった補助金のカット、施設の統廃合を進めようとすれば今度は反対が多数派になります。高齢者という支持基盤は各会派に共通していますし、給与を減らされて納得する職員もいない。市長の仕事は決めて、責任を取ること。私がやったのは議会にも市民にも粘り強く財政状況を説明することでした」
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文=石戸 諭 イラストレーション=エドワード・タックウェル

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年10月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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