音楽

2023.09.08 11:30

ジャンルの壁を飛び越え続けるピアニスト、角野隼斗の原点

ピアノが趣味ではなくなった瞬間

──プロの音楽家として活動する決意をしたのは、2018年に東京大学大学院在学中にピティナ・ピアノコンペティション(日本国内で最上位に位置するピアノコンクール)の特級グランプリを受賞されたころだと耳にしたことがあります。進路に悩まれた瞬間もあったのでしょうか。

僕は東京大学工学部計数工学科から、大学院の情報理工学系研究科創造情報学専攻に進んだのですが、その頃はピアニストになることなんてまったく想像していませんでした。おそらく研究職かソフトウェアエンジニアになるのかなと思っていました。

ただ、ピアノもある程度弾けたので、「結局、自分は何をやりたいんだろう」って。22歳の頃はよくそういうことを考えて、モヤモヤしていました。

──研究にも打ち込む中で、ピティナ特級を受けようと思ったきっかけはなんですか。

恩師であるピアノ指導者の金子勝子先生が僕のコンサートを聴きに来てくださったことがあって、そのときに「特級を受けてみたら?」と言っていただいたことがひとつのきっかけになりました。

そこで結果を残せるとは思っていなかったのですが、就活を控えた時期でもあったので、「これが最後のコンクールになるかもしれない」ってふと思ったんですね。それで、じゃあしっかりやってみようって。結果的にそれが“今につながる始まり”となりました。


──研究者や会社員ではなく、音楽家として生きていく決意を。大きな決断だったと思います。

正直、不安もありました。それに、グランプリをいただいた直後は、プロの音楽家として活動する決意がついたというよりも、それまで趣味だったピアノが趣味ではなくなった瞬間という感じでした。

だから、それ1本で食べていけるともまったく思っていなくて。当時AIソフトを手掛けるPFN(Preferred Networks)でインターンしていたこともあり、AIの研究を生かしながら音楽活動もする……みたいなことも考えていましたね。

ただ、そこから1〜2年活動していく中で、だんだん音楽仕事が占める割合が増えていき、自分にしかできないことは“音楽そのもの”の方にあるんじゃないかと思うようになりました。

YouTubeのアイデアは論文と似ている?

──“Cateen (かてぃん)“名義で自ら作編曲や演奏をした動画を投稿しているYouTubeは、2020年ごろから本格化されました。どんなことを意識して発信していますか。

僕はクラシック音楽で培った確固たるバックグラウンドがある中で、作編曲や即興演奏にも取り組んでいるので、それらを掛け合わせたコンテンツを発信したいと思いスタートしました。

また、アイデアがユニークであることも大切にしています。それは大学で論文を書いていたころのマインドに似ているんですけれど、既に世の中にあるものを調べて、そこから着想を得て、自分がアイデアを足して新しいものを出すということです。これに意識的に取り組んでいた時期はありますね。



あとは、音楽なので言語は関係ないじゃないですか。日本語は全く使わず、見せ方もシンプルにして、ただ演奏するだけにする。そうすることで海外の方にも観ていただけるだろうと考えました。

──そのユニークなアイデアの種は、どこから見つけていますか。

大量のインプットです。僕の場合、インプットの大半はやはり音楽によるものです。アートや映画など、まったく別の場所から刺激を受けることもありますが、それはどちらかというと“インスピレーション”みたいな意味合いです。

インプットはそれ自体が批評的な行為でもあります。自分の立ち位置や、「次にこれをやることでどんな新しさがあるか」が見えてくるからです。
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文=門岡明弥 編集=田中友梨 撮影=山田大輔

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