事業継承

2023.08.09 17:00

負債10億円の会社を3年で再建、めっき工場の跡取り娘が「家業で真に継いだもの」

お金をお金のままにしておかない

そこから、たった3年でどうやって黒字化を達成できたのか。まず伊藤は、「会社として当たり前のことを当たり前にする」ことから取り組んだ。目を見て挨拶をする、工場を清潔にする、社員や取引先、金融機関に経営状況を伝え、コミュニケーションをとり、信頼回復に努めた。さらに、「赤字から抜け出せない原因は、当時90%を占めていた時計のめっき加工にしがみつきすぎたことにある」と分析。今後需要が見込めないことを見越してその割合を下げ、これから伸びると予想した医療と美容と健康の分野に活路を見いだしていった。

「一方で、資金繰りには苦労しました。たった5万円の決済ができないこともあったし、銀行では、渡した名刺をぽいっと投げられて『本物の社長を連れておいでよ』と言われたことも。歯をかみ締めすぎて神経を2本もダメにしたし、600万円の資金提供を約束してくれていた資産家に裏切られたときはもうダメだと思いました」

そんなときでも伊藤には決めていたことがある。それは、「お金は結果に過ぎない。大切なのは人である。決してお金だだけを追わない」ことだ。信頼を積み上げ、誠実な経営を続けていれば、お金は後からついてくる。資産家に断られてぼうぜんとしていた伊藤にお金を貸してくれたのは、年金暮らしをしていた母の友人だった。数字だけでははかれない会社の可能性を信じてくれる銀行マンとの出会いもあり、経営は徐々に正常化していった。

「両親は、人の幸せが自分の幸せと感じる人たちでした。お金は会社にとってはもちろん大事ですが、私個人としてはあまり執着がないんです。お金をお金のままにしておかないで、どんどん生きた使い方をすること。経営も人生もリスクを恐れずにチャレンジすることが人生を豊かにしてくれる。私が両親から受け継いだ資産は、そんな信念なのかもしれません」


いとう・まみ◎1967年生まれ。上智大学外国語学部比較文化学科卒業。ラジオのフリーランスDJを経て、98年にアメリカの宝石学校であるGIA(Gemological Institute of America)に留学し、宝石の鑑定士・鑑別士の資格を取得した。2000年3月、32歳のときに日本電鍍工業の代表取締役に就任。

文=三ツ井香菜、松崎美和子 写真=小田駿一 ヘア&メイクアップ=下川直美(デリカシー)

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年8月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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