事業継承

2023.08.09

負債10億円の会社を3年で再建、めっき工場の跡取り娘が「家業で真に継いだもの」

伊藤麻美 日本電鍍工業 代表取締役

Forbes JAPAN 2023年8月号(6月24日発売)では、「これからのお金」にフォーカス。さまざまな人物の「お金」にまつわるストーリーを紹介した。

日本電鍍工業 代表取締役の伊藤麻美は、32歳のときに、経営経験もないまま父が立ち上げためっき加工の会社を継いだ。途方もない赤字と向き合ったとき、お金や人生に対してどんな思いをもったのか?


金めっきや銀めっきなどさまざまな貴金属の表面処理を手がける日本電鍍工業。その社長を務めるのが、伊藤麻美だ。32歳のときに、10億円もの負債を抱えていた会社を引き継ぎ、経営経験なしで代表取締役に就任。それからわずか3年で、経営を再建したという驚きの経歴をもつ。

「経営者の仕事はまるでアドベンチャージャーニー。とても刺激的で面白い。自分がどんな人間かを一言でいうなら“ハッピーな経営者”だと思う。生まれ変わっても経営者という仕事を選びたい」

そう笑顔で話す彼女だが、当時背負った10億円という借金は、普通なら恐怖を覚えるような金額だったはずだ。しかし伊藤は、「父が立ち上げた会社を存続させたいという一心で自分がすべてを引き受けようと決めました。正直、その時はまだ具体的なプランは何もなかったけれど、父がつくって残した会社だからこそ、再起の可能性は絶対にある。人生なんて元々何が起きるかわからないんだから、そういうものだと認識して前に進んでいかなくちゃと思った」と、どこかあっけらかんと振り返る。

日本電鍍工業は、埼玉県に本社をもつ創業66年を迎える製造企業だ。創業者は父。伊藤はそのひとり娘として、幼稚園からインターナショナルスクールに通い、学生時代は東京の自宅で何不自由ない生活を送ってきた。ところが、20歳のときに母親が、そして23歳のときに父親が共に病気で他界してしまう。特に母の闘病生活は長く、思春期にその姿を見ていた伊藤はこんなふうに考えるようになった。

「母の闘病や死は私にとってすごくつらい出来事でした。そんな経験をすると、すべてをなんとかプラスにとらえようという気持ちになるんです。悪いことが現実になってほしくないから、何に対しても絶対にネガティブな発想をもたないようにしていました。大丈夫、人生には意味のないことは起こらないのだからと。そう言い聞かせて、試練を乗り越えてきた部分があります」

大学卒業後は、会社を継ぐつもりもなく、ラジオDJという仕事を選んだが、30歳でキャリアチェンジするために米国の宝石学校に留学した。「会社が危ない」という一報を受けたのはそのときだった。

「いきなり、『東京の自宅が競売にかけられるから引っ越してもらいたい』という連絡があったんです」

聞けば、自宅は会社名義になっていて、返済が滞っているため差し押さえられるという。急いで帰国した伊藤が直面したのは、父の後を継いだ当時の社長が、放漫経営で赤字を垂れ流し、10億円以上の負債をつくっていたこと。そして金融機関の信用もとうに失い、債権は金融機関の破綻処理を行う整理回収機構に回ったまま、別の銀行での借り換えもできなくなっているという悲惨な現実だった。

「誰か別のすご腕経営者がやってきて会社を救ってくれないものかと考えたこともありましたが、たとえ倒産や閉鎖の道を選んだとしても、いまの経営陣には後処理を任せておけない。そう考えたら、自分でやってみたいという気持ちが湧いてきたんです。両親が私に残してくれたのは、経験と教育、会社の株だけ。資産は何もなかったから、逆に覚悟を決められた。失うものは何もない。挑戦しようって」
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文=三ツ井香菜、松崎美和子 写真=小田駿一 ヘア&メイクアップ=下川直美(デリカシー)

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年8月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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