約5兆ドル規模の日本の国内総生産(GDP)よりも大きい日銀のバランスシートは、さらに膨らみ続けている。それにともなって、円相場はいまの日本株式会社に必要な方向と逆の方向に進んでいる。
米連邦準備制度理事会(FRB)が一段の利上げを示唆するなか、日米の金利差が開き、円安を招いているという構図だ。植田はいまのところ、円安について「プラスの影響を受けるセクター、マイナスの影響を受けるセクターさまざま」だなどと述べ、中立的なスタンスをとっている。
消費者は同意しないだろう。企業側が、輸入コストの上昇分を価格に転嫁するようになってきているからだ。植田もインフレが家計に「大きな負担」をもたらしているとは認めている。それなのに、彼から斬新な考え方や政策はまったく聞こえてこない。
円が対ドルで145円を突破すれば、状況は変わるかもしれない。2022年9月に円がこの水準まで下がった時、日本の金融当局は円安に歯止めをかけるため為替市場に介入し、続く2カ月で620億ドル近くの円買いを行った。
だが、それがうまくいかなかったのは明らかだ。植田は、アインシュタインが述べたような意味での狂気から、日本を脱させる道筋を見いださなくてはいけない。日本の財務省についても同じことが言える。
岸田政権はここ数日、財務省の神田真人財務官をマイクの前に立たせ、日本政府は市場介入も辞さないと改めて円の弱気筋にシグナルを出させている。神田は為替相場について、方向性にかかわらず「ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を反映しない過度な動き」は経済にとって好ましくないと述べている。
ごもっとも。だが、その言葉を借りるなら、日本はあまりにも長い間、円を「ファンダメンタルズを反映しない」ようにすることを基本政策とし、それによって大きな代償を払ってきたのではなかったか。
日本はもともと、バブル経済崩壊後の「失われた10年」で知られていた。その後、成長に不可欠な改革を怠ったために、失われた10年は20年に、さらに30年に延びることになった。これを狂気と呼ばずしていったいなんと呼ぼうか。
(forbes.com 原文)