事業継承

2023.06.06

日本各地、名家が地域を支えるメカニズム

後藤俊夫

Forbes JAPAN7月号にて、「日本の名家50選」選出に携わった後藤俊夫。ファミリービジネスの長寿研究を長年行ってきた立場から、名家と地域の関係について語った。


数多くの名家が地域を支え貢献してきたメカニズムは、彼らが先祖代々同じ地域に生まれ育ってきた地域密着性に根差している。その根源はファミリービジネスとしての特質、一言でいえばノブレス・オブリジェ、つまりnoblesse(貴族)とobliger(義務を負わせる)を合成したフランス語に集約されよう。

それは、財力、権力、社会的地位の保持に責任が伴うこと、日本語で「位高ければ徳高きを要す」であるが、そうした「徳」こそが名家と呼ぶにふさわしい経営理念に結実し、地域をけん引する責任感、使命感を代々維持してきている。地域では住民が長寿企業の顧客であり従業員でもある。そうしたステークホルダーとの相互扶助はこの「徳」なくして実現しえない。

私は100年以上続く企業を100年経営研究機構とともに5万2000社発見し、各々の長寿企業とファミリーの尊い思いに魅せられて研究を続けてきた。

例えば兵庫県城崎温泉の歴史は、その地で養老元(717)年から続く旅館「古まん」の日生下家によって生まれ、支えられてきたといって過言ではない。古文書によればある夜、その祖・日生下権守の夢枕に四人の神が立ち「自分以後此の地に住まい汝、子孫民衆を守るべし」とのお告げがあり直ちに神祠を建て神を祀ったのが、和銅元(708)年に建立された「四所神社」で、最初の住民として同地を開拓し、城崎温泉の基盤をつくりあげた。当主はほかの長寿旅館の当主と共に地域の共同資源である温泉を維持管理し、現在の繁栄を実現している。

長寿企業は危機に直面すれば自らの対応だけでなく、地域住民を救い地域復興の先頭に立ってきた。過去100年間だけでも社会・経済的または災害など「未曾有」と称される大危機は実は15回、平均すると6〜7年に1度到来している。コロナ禍の2020年5月、全国の長寿企業へのアンケートでは、手元資金で経営を続けられる期間について全体の81.6%が「半年以上」、うち27.2%は「2年以上」という回答が印象的だった。

古くは名家は地域から飢饉のたびに救援を期待される存在であり、村民保護を自己の社会的責務と認識し、それを全うするためにも経済的基盤を確固にすることが極めて重要であった。

キッコーマンの前身は、千葉県野田市でしょうゆ醸造を家業としてきた茂木・高梨一族だ。茂木家は「私費を省き 之を各自の分に応じて 社会公共の為に出捐せよ 然れども之が報ひを求め 又は 之を誇りとする勿れ」を家憲とし、社会貢献を含めた事業運営に必要な諸資源を計画的に確保する伝統がある。

明治17(1884)年、茂木一家は新年の親族会で積立講の設立を発起し毎年6000円(当時)の貯蓄を開始した。200年後の元利合計51億6000万円を目標とし、災害対策、子息教育、地域公共事業、国事の4分野への献金に4分の1ずつ充用すると定め、地域公共事業として実際に病院、公園、学校、道路等の建設に充当され、多くは現存する。

また兵庫県の辰馬家は、酒造業を商う傍ら、名家として米価騰貴の救済、上水道敷設、大震災義援、図書館・市庁舎建築など非常時の都度、地域を支援し、大正5(1916)年には創建まもなく財政危機に陥った甲陽学院の負債を全面的に肩代わりし現在に至る。


後藤俊夫◎日本経済大学大学院 特任教授。東京大学経済学部卒業後、NEC入社。1974年ハーバード大学ビジネススクールにてMBAを取得。国民経済研究協会、静岡産業大学教授等を経て、2015年、一般社団法人100年経営研究機構を設立。ファミリービジネスの長寿研究を行う。

文=後藤俊夫

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年7月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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