エコシステム

2023.05.24 08:30

ポストGAFAM時代の主役へ。進化する日本版ディープテック・エコシステム

ispace◎2010年9月に袴田武史が創業。民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」を推進。月面着陸船と月面探査車を開発し、ペイロード・サービス、データ・サービスなどを展開。23年4月末の月面着陸を目指す。

特にこの2~3年で顕著なのは、海外の投資家が加わるようになってきたことだ。例えば、人工タンパク質素材のスパイバーや治療アプリのキュアアップが実施した22年のラウンドには、米大手PEファンドのカーライル・グループが参画。同社は21年に運用開始した2600億円規模の日本市場向けファンドの10%を未上場などのグロース企業への出資に充てる方針で、日本法人代表の山田和広は「業界ごとに会社を見ている。その業界に大きな変化をもたらすものであれば投資する」と話す。
advertisement

もっとも、ディープテック企業の目線は最初から海外市場にある。「技術はボーダーレス。日本市場を第一に考える者はいない」と前出の永田は強調する。最近では、22年11月に東証グロース市場に上場した脳梗塞治療薬のティムスが、海外投資家からの資金を募るグローバルオファリングを実施。23年2月にはエアモビリティのA.L.I. TechnologiesがSPACを通じてナスダック上場を果たすなど、海外展開を意識した出口戦略を取る動きも顕著だ。

また、今年1月には、日本発ディープテックの勢いを象徴するM&Aも明らかになった。mRNAワクチン・治療薬で急成長を遂げる米モデルナが、DNA合成技術のオリシロジェノミクスを買収したのだ。モデルナにとって初となる買収案件で、同社はオリシロを8500万ドルで完全子会社化。

「当社の技術を使ってワクチンをより迅速につくることができれば、それだけ世界中の多くの患者さんを早く救える。技術の実用化、患者さんに対するベネフィットの観点から買収のオファーを受け入れた」とオリシロジェノミクス共同創業者でプレジデントの平崎誠司は狙いを明かす。
オリシロジェノミクス共同創業者プレ ジデントの平崎誠司(写真左)と代 表取締役社長のバシルディン ナセル 加藤(同右)。同社は立教大学の研 究成果をもとに2018年設立。23年1 月、モデルナに買収された。

オリシロジェノミクス共同創業者プレジデントの平崎誠司(写真左)と代表取締役社長のバシルディン ナセル 加藤(同右)。同社は立教大学の研究成果をもとに2018年設立。23年1月、モデルナに買収された。


DNA合成には通常、大腸菌などの生きた細胞を使用する必要があるが、同社の技術では、セルフリー(無細胞)でDNAを合成・増幅できる。mRNAの製造においても、標的の遺伝子に合わせたDNA合成が求められるため、モデルナはオリシロの技術を取り込むことで、研究開発を高度化し製造の効率を上げられる。
advertisement

また平崎は、「創業当初から、いかに世界市場を攻略するかを考えてきた」と強調する。合成生物学の世界市場は急速に拡大しており、オリシロの技術は次世代の基盤技術になりうると確信していた。「世界中の主要なビジネス商談会には、創業直後から足を運んできた。地道な活動の結果、我々の技術がモデルナの目に留まった」。

東京大学エッジキャピタルパートナーズ代表取締役社長CEO・マネージングパートナーの郷治友孝は、「日本の技術力が世界に評価されたという意味でエポックメイキング」と評すと同時に、「過去の成功体験を次の挑戦に生かす人材が、ライフサイエンス領域でも出てきた」と分析する。

21年にオリシロに参画した現・代表取締役社長のバシルディン ナセル 加藤は、もともと特殊ペプチド医薬を手がけるペプチドリームで技術開発部門のディレクターを務めていた人物だ。日本発ディープテックの代表格ともいえる同社で、海外ファーマとの創薬コラボレーションの経験を積んだ彼が、オリシロの事業をブーストさせた。「バイオ領域はすべてがDNAと密接にかかわっているため、オリシロの技術は応用の幅が無限にある。しかし、技術の面白さだけでは会社のグロースにはつながらない。

アカデミアや企業から多数の声がけをもらったが、大事なのはプライオリティをつけてフォーカスすること。そこで、バイオ分野でいま最もホットなmRNA治療薬の領域に注力していった」とバシルディンは話す。
次ページ > ディープテックを後押しする3要素

文=眞鍋 武 写真=ヤン・ブース

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事