歴史建造物をクリエイター拠点に 神戸北野異人館の転用が成功した意外な理由

北野メディウム邸の代表を務める山本 宝

北野エリアが持つ大きな秘密

そんな「北野メディウム邸」に入居したのは、コワーキング施設にありがちなIT関連のエンジニアではなく、映像クリエイターやグラフィックデザイナーたちであった。現在は17社と契約を交わし、使用者には女性が多いという。

「人工知能の発達で人がやる仕事は減っていく。でもそんな時代だからこそ、人間だけが持っているセンスがむしろ大事になってくると思います。そういうクリエイティブな仕事をするのにここはぴったりです」

こう語る山本だが、運営する「北野メディウム邸」には、新たな注目も集まっているという。写真や映像の撮影スポットとして人気が高まっているのだ。

2階の一室はスタジオであるが、それだけでなくこの建物を撮影の際の「キャンバス」にしたいと、プロのカメラマンや広告制作会社からの引き合いが増えているという。この思いがけないニーズに、山本自身は「インスタや口コミでこの施設の存在が広がっていったのだろう」と推測する。
六甲山系からの穏やかな光がふりそそぐスタジオ

穏やかな光がふりそそぐスタジオ


ところが、この「キャンバス」として人気を集める理由の裏には、この異人館が建ち並ぶ北野エリアの大きな秘密が隠されていたのだ。

「北野メディウム邸」がある山本通から北野町のあたりは「パールストリート」とも呼ばれている。名前の由来は、真珠の加工業者が作業場を構えていたからだ。いまでも220社の作業場があり、全世界で流通する真珠のなんと7割の選別や加工作業が、この地区で行われている。ダイヤモンドの研磨ならベルギーのアントワープが有名だが、真珠となれば日本の神戸がそれに相当する。

とはいっても、神戸は真珠の産地でもなく、小売りが盛んというわけではない。ここに作業場が集中した理由の1つに、六甲の山々に反射してもたらされる光が、真珠の選別作業に向いていたことがある。

真珠は、色あいや光沢、傷やへこみの程度を職人が1粒ずつ目視で選別していく。色や光沢を見極めるには、直射日光や照明器具の明かりではなく、緑の木の葉にはね返った柔らかな自然光が最適とされるのだ。なので、実際に選別を行う作業場はすべて六甲山が見える北側に窓が設置されている。

ちょうどこの季節だと、六甲山の新緑に反射した穏やかな光が北野の街にふりそそぎ、独特の柔らかな雰囲気を生みだす。この光もまた「北野メディウム邸」の魅力になっているのだ。
六甲の山々のすそ野に広がる街並み

六甲の山々のすそ野に広がる街並み


山本の異人館の物語は続く。昨年秋から1階にアフターヌーンティーを楽しめるカフェも併設した。毎日、予約がいっぱいで嬉しい悲鳴が続いている。その人気の根底にあるのは、女性たちを笑顔にする仕掛けだ。山本は次のように明かす。

「仕事をするのもプライベートを楽しむのも、いつもと違ったキラキラした場所がいい。ここなら実現できます。実はこの場所は私自身の夢でもありました」

放っておけば空き家のままであったかもしれない130年前の歴史建造物。光という自然の力にも助けられ、新しい価値が生まれようとしている。これからもどんな未来がつくられていくのか見守っていきたい。

文・写真=多名部重則

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