歴史建造物をクリエイター拠点に 神戸北野異人館の転用が成功した意外な理由

北野メディウム邸の代表を務める山本 宝

異国情緒あふれる神戸。この風情を生んでいるのは北野エリアにある異人館だ。明治から大正の時代に約300軒が建てられ、戦火や老朽化を乗り越えて30軒ほどが現存している。

幕末、1868年の神戸港開港のあと、港近くの治外法権が認められた外国人居留地で働いていた欧米の人たちが、そこから5キロメートルほど離れた六甲山の麓に建てた住居が異人館なのだ。

欧米の建築技術に日本の資材や風土を溶けこませた「コロニアル様式」は、板張りでカラフルな外壁を持ち、建物に入るとまるで異国に踏み込んだかのように感じられる。北野エリアの異人館街は休日になれば、全国各地からの観光客たちでにぎわっている。

勝手に改修できない異人館

そんななか昨年春、1軒の異人館がコワーキング施設として活用されはじめた。この建物を「北野メディウム邸」と名付けて、運営しているのが山本宝(32歳)だ。

7年前から大阪でシェアオフィスを運営している山本。神戸のニュータウンで生まれ育った彼女は、3年ほど前から、自らが暮らした地区とはまったく雰囲気の異なる北野エリアの異人館に惹かれていたという。この街に足繁く通い、歩きながら良い物件がないかと探しはじめたという。
山本 宝

山本 宝


「女性目線かもしれませんが、異人館というのは心がウキウキします。何か生み出せそうというワクワク感があります。人が集まってきそうな」

ところが、異人館の賃貸情報は普通に不動産屋に頼んでも手に入らない。同じころにアーティストの滞在施設をこの地区に構えたダンサーで俳優の森山未來たちでさえも、最初は異人館でと考えていたが、物件が見つからず、昭和につくられた外国人アパートを選んだほどだ。

しかし、山本への運命の扉はたまたま開いた。地元で空き家の再生に取り組んでいた不動産会社のホームページに問い合わせてみると、「旧スタデニック邸」の所有者を紹介されたのだ。その建物は明治20年代の建築で、北野エリアでも最古の部類に入る異人館であった。

実は、文化財である異人館は持ち主といえども勝手に改修することができない。外壁などは元の美しさを保つために2年に1回、神戸市がペンキを塗り直すなど、通常の住宅とは明らかに異なった管理体制になっている。

コワーキング施設といえば、電源やネット環境、机や椅子まで仕事をしやすいようにしなければいけない。しかし山本は、かつて貿易商の邸宅であったこの建物に手を加えずに、そのまま使うことにした。空き家ではあったが、2016年までは結婚写真を撮るフォトスタジオとして使われていたので、保存状態が良かったことも幸いだった。

山本は「人類にとって大切な建物です。その歴史や文化に敬意を払いたいです」と語る。
打ち合わせや作業に使われる部屋

打ち合わせや作業に使われる部屋


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文・写真=多名部重則

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