この戦略の前提としてあったのが、言葉や文化の違いが高い参入障壁となり、国内のビジネスを海外との競争から守っていた点です。
しかしChatGPTを始めとした高度な言語モデルの登場により状況は変わりました。言葉の壁はもちろんのこと、それより影響は少ないとはいえ文化の壁さえも低くなってきているのです。
そのため、日本のスタートアップが今後も競争力を保つには、例えば規制的・構造的な参入障壁など、他の要素による優位性の確保を検討する必要性が高まってきています。
これらの言語モデルの登場は、日本のスタートアップ界の状況を根本的に変えてしまったのではないかと考えています。実際、言語モデルが提供する正確な翻訳はグローバルチーム内のシームレスなやりとりを可能にし、外国企業による日本市場参入のハードルを下げています。
さらに、これらの言語モデルのおかげで互いの微妙な文化の違いについても以前より上手く伝えられるようになってきました。「文化の壁」のほうが崩しにくく、「言葉の壁」ほど大きな影響はまだ受けていないとはいえ、その重要性がいくらか低くなった可能性があるということです。
時代がこのように変化した今、起業家は「このアイデアは日本でも通用するか」だけではなく、「日本生まれのスタートアップだからこそ、このカテゴリーの国内市場で圧倒的なシェアを獲得できる強い根拠があるか」という点も重視していく必要があるでしょう。
例えば、言葉や文化の壁がなくなりつつある一方で、規制的・構造的な障壁は依然として高く、その「根拠」となる競争上の優位性をもたらす要素になり得ます。
特にヘルスケアや金融サービスなどは規制が非常に厳しく、どんなに資金力が豊富な海外プレイヤーであっても、強引な手段が使えず参入に苦戦する分野です。この市場固有の高い参入障壁が、日本のスタートアップにとっては強力なMoat(参入障壁)になり得ます。国や自治体が定める規制やコンプライアンス基準に精通していたり、国内企業を保護する政策などに守られている業種のスタートアップであれば有利に展開できるでしょう。
一方で、比較的規制が緩いCRMやWeb会議システムなどの業界は参入障壁も低く、実際、すでに外資系企業に市場を独占されている状況です。こうした分野では、言語モデルのおかげで言葉の違いから生じていた部分の障壁がさらに低くなりました。
その結果、翻訳以外では最低限のローカリゼーションだけで外国企業が市場に参入できるようになっています。また、文化差がまだ1つの壁ではあるものの、高度な言語モデルのおかげで文化的な違いやニュアンスに対する理解が深まり、その重要性は以前より低くなっていると言えるでしょう。
言葉や文化の壁がなくなりつつある中、今後の国際社会で日本のスタートアップが競争力を保つためには規制的・構造的な障壁の研究や活用に重点的に取り組んでいく必要があるかもしれません。良くも悪くも、中国と違って日本の市場は基本的に開かれているからです。
今後、起業家は起業のアイデアや実行計画を練る段階からこれらの要素を慎重に考慮し、来たるべく国際競争の激化に備える必要があるでしょう。
連載:VCのインサイト
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