ESG経営で評価されるホーチキ。信頼の循環と長期視点

山形明夫 代表取締役 社長執行役員

転機は、宇都宮営業所所長になった38歳。それまで手がけていたスプリンクラーなどの消火設備は機械系だが、営業所の主力商品である火災報知機は電気系。消火事業からの異動は異例だったが、ゼロから勉強して結果を出した。

「扱う製品が違っても、営業の本質は同じです。製品を信用してもらうには、人を信用してもらうことが前提。足しげく通って信頼を積み重ねていくしかない」

信頼を積み上げていく姿勢は海外でも生きた。51年前にアメリカに事務所を開設するなど、ホーチキは早くから海外展開してきた。

ただ、日本では中・大規模物件に強みをもつのに対して、規格の異なる海外は小規模物件が中心。得意の大規模物件市場に進出するため、2012年、中・大規模向け戦略パネル(受信機)を開発中だった英ケンテックを買収。2年後にはそのパネルの認証が下りる算段だった。

ところが、山形が海外本部長に就任した14年時点でもパネルは未完成。せき立てたくなるところだが、そうはしなかった。

「上から目線になると受け入れられない。時間がかかっても、現地スタッフのいいところを見て評価してあげたほうが得策だと判断しました」

忍耐強く待ったかいあって戦略パネルは16年に認証を取得。当初、市場の反応は芳しくなかったが、展示会に出展を続けるなど地道な営業活動を展開した。それが実を結び、22年3月期の海外売り上げは前年比28.0%増となった。

目先の利益を追うより、信頼をひとつの資産ととらえ、長い目で価値を生み出すのが山形流だ。現在ホーチキは新規販売のみならず、既存客への点検や保守、リニューアルで稼ぐストック型への転換を進めている。このビジネスモデルは、顧客からの信頼という基盤があってはじめて成り立つ。まさに山形らしい事業戦略である。

かつては心の中で誓っていた「火災犠牲者ゼロ」という目標を、社長になってから公言するようになった。言葉にすれば責任が伴い、責任を果たせなければ信頼を失う。途方もない目標に思えるが、山形の中では現実的な目標なのかもしれない。


やまがた・あきお◎1950年生まれ。宮城県出身。東北学院大学工学部卒業後ホーチキへ入社。宇都宮営業所所長、人事部長、取締役管理本部長、専務取締役海外本部長、ケンテックエレクトロニクス社長などを経て2017年より現職。

文 = 村上 敬 写真 = 苅部 太郎

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