パードリックは一緒に暮らす読書家で聡明な妹シボーン(ケリー・コンドン)に相談するが、コルムの頑なな態度は変わらなかった。それだけでなく、偶然、顔を合わせたコルムは「今度、話しかけたら、自分の指を1本ずつ切っていく」とパードリックに最後通告を突きつける。
パードリックが頼りにしている妹のシボーン (C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
親友だった2人が仲違いしたという噂は、たちまち全員が顔見知り同然の島の人々にも行き渡る。死を予告するという精霊が語り継がれるこの島で、さらに「2つの死が訪れる」という不吉な予言が囁かれるなか、パードリックとコルムの対立はますます激しいものとなっていくのだった。
海を挟んだイニシェリン島の対岸では、内戦が起こっている。平和な島にも大砲の音や銃声が聞こえることもある。パードリックとコルムの激しい対立は、その内戦を彷彿とさせるものであり、ひいては現在起きているロシアによるウクライナ侵攻にも思いを至らせる。
マクドナー監督が、この作品の脚本をプロデューサーに送ったのは2019年末ということだが、見事にいまの時代にも当てはめて、この2人の突然の対立について考えることもできる。
コルムは訪ねてきたパードリックを激しく拒絶する (C)20th Century Studios. All Rights Reserved.
かつて友人だった2人の確執がどこまで続くのか、恐ろしいほどエスカレートしていく過程と意外な結末に向かって、観る者は次第にこのドラマにひきこまれていく。悲嘆にブラックな滑稽さも加え、島の風景をも巧みに取り込んだ陰鬱なトーンの演出は、「スリー・ビルボード」でも見せたマクドナー監督の独壇場だ。
劇作家としての本領を発揮した脚本
マーティン・マクドナー監督は、1970年、イギリスのロンドン生まれ。まず劇作家として活躍し、その作品は世界40カ国以上で上演、30言語以上に翻訳され、ローレンス・オリヴィエ賞など数々の受賞も果たしている。いわば劇作家として超一流のキャリアを誇っている。2004年に短編映画「シックス・シューター」で初監督、アカデミー賞短編映画賞を受賞する。初の長編監督作品「ヒットマンズ・レクイエム」(2008年)ではアカデミー賞脚本賞にノミネート、前述のように「スリー・ビルボード」では同賞の作品賞の候補となり、一躍、映画監督としても注目を浴びる。