今回の「そして僕は途方に暮れる」の撮影では、三浦は横と縦の比率が2.35:1(12:5)というシネマスコープサイズの映像を採用している。これはかなり横長の画面となる。
スタッフの間では、狭い室内での会話のシーンが多いため、そのサイズには少々懐疑的であったという。しかし、三浦のたっての希望でこのサイズでの撮影が実現した。三浦は言う。
「シネスコの狙いは、まず、作品全体を『映画というもので包む』という意図があったので、仕掛けとして必要だったのです。あとは、一見、はたから見たら、どうでもいいと思えるような些細な物語なので、それを敢えて、映画的に見せ切ることが、歪(いびつ)で面白いと思いました」
作品の冒頭で、主人公の裕一と里美が手狭なマンションの一室で諍いをする場面がある。ここで三浦は横長の画面に、絶妙な立ち位置で2人を配置し、見事に迫力ある場面をつくり出している。
まさに舞台の技を生かしたような卓抜な演出だと思うが、それだけでなく画面の特性をも考慮した見事な映画的な技法だとも言える。映画監督として優れているのが、こんなところにも現れている。
俳優たちの演技もハイブリッド
また俳優たちの演技にも、演劇と映画をハイブリッドしたような演出が冴えわたっている。
主演の藤ヶ谷太輔と相手役の前田敦子、そして物語では重要な役割を果たす中尾明慶は、舞台からの続投だが、父親役の豊川悦司や母親役の原田美枝子、姉役の香里奈など他の配役に関しては、新たにスクリーンのなかで確かな演技を披露する俳優陣で固めている。
主人公の姉役の香里奈(左)と母親役の原田美枝子(C)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会
特に父親役の豊川の演技は特筆もので、物語の後半をスリリングに盛り上げている。三浦自身が「どうでもいいと思えるような些細な物語」と語る通り、作品に驚天動地のドラマチックな展開があったり、クライマックスを飾る大きなサプライズがあったりするわけではない。
『そして僕は途方に暮れる』2023年1月13日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか 全国ロードショー(C)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会
しかし、その映画に演劇的演出を掛け合わせた三浦の監督術は、観る者を知らず知らずのうちに作品の世界へと引き込んでいく。
ちなみに三浦は、この作品に相応しいタイトルを与えてくれた大澤誉志幸に敬意を表してか、エンドロールには新たなアレンジが施され大澤自身が歌唱した「そして僕は途方に暮れる」を流している。まるで、最初からその曲を想定してこの作品がつくられたかのように。
連載:シネマ未来鏡
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