誰のための「障害受容」か 当事者の声なき訴え #人工呼吸のセラピスト

連載「人工呼吸のセラピスト」


「支援者のタマゴさんたちへ」


前年まで同窓会長を務めた鈴木俊文さん(静岡県立大学短大部准教授)も発表の準備も手伝った。押富さんからメールで「障害受容って学校で教える必要があるの?」と疑問をぶつけられ「支援者にとって重要な概念だけど、押富さんが自身の人生にあてはめてこれほど無意味に感じていることをどう扱えばいいのか、本当に考えさせられた」という。

その思いを学生たちにも共有してもらいたいと、卒後研修会の後、短大の講義に押富さんのパワーポイント資料とレジュメを使い「この場に押富さんがいると思って聴いてください」と学生たちに説明して、スライドの字幕を流した。

援助職を目指す学生たちの真剣な表情、熱い感想は、ふだんの講義とまったく違った。本人不在の、字幕だけの講義でも、これほど心に突き刺さる力があるのかと驚かされた。

学生たちが特に反応したのは、押富さんが「うれしかったこと、嫌だったこと」の例に挙げたこんなエピソード。

「『私にできることがあったら言ってください』と担当の作業療法士に言われました。とても腹が立ちました。なにができるのか教えてよって」

できることを一緒に考えていくのが作業療法士の大切な職務。それを怠っては、障害者の内面を理解するなんてとても無理、という指摘だ。押富さんが望む支援とは、理論に障害者をあてはめることではなく、個々の問題を理解し、納得できるように説明してくれる支援だった。

学生たち43人が書いた講義の感想を読んだ押富さんはブログで「支援者のタマゴさんたちへ」のタイトルを添えて返事した。

「私の体験がこうやって授業を通して、学生さんの考えるキッカケになる。すごく貴重な体験だなって思う(中略)。今回の授業のように、立ち止まって考えることができたら価値観や考え方は無限に拡がっていくんじゃないかなぁ」

それを読んだ学生たちのホッとした表情が、鈴木さんには印象的だったという。

人工呼吸で車いすの生活になっても、こんなふうにキャッチボールができる喜びが、その後の押富さんのエネルギー源になっていった。

懸命に生きる姿を気遣い、応援する思いがこもった研修会。フィナーレで突然、「Happy Birthday」の字幕と音楽が流れ、押富さんは満面の笑みで仲間たちに感謝していた。

人工呼吸のセラピスト
懸命に生きる押富さんに「Happy Birthday」のサプライズ

連載:人工呼吸のセラピスト

文=安藤明夫

ForbesBrandVoice

人気記事