キャリア・教育

2022.10.22 17:30

25歳、思いがけない気管切開 もう仕事に戻れない?|#人工呼吸のセラピスト


そのために、闘病の体験や思いついた言葉をスマホにメモしていった。2009年3月にブログを始めてからしばらくたって、メモと驚異的な記憶力を土台に「発症から診断まで」「診断から入院まで」「入院から手術まで」「退院までの道のり」といった形で06~08年の流れをまとめた。いま私が書いているのは、そのブログや論文、講演録をもとに、関係者に確認を取った内容だ。

たとえば、入院中の入浴。若い女性にとっては、元気なときなら毎日入浴するのが当たり前だが、人工呼吸器を付けていたり、寝たきりだったりすると、週1回の特殊浴槽での入浴を、数人の介助スタッフが支えることになる。押富さんが24時間の人工呼吸になった経緯は次回以降に紹介するが、その入院時に体調が悪かったため、特殊浴槽での入浴のローテーションから外れ、体を拭く清拭のみで半年間済まされてきた。

人工呼吸のセラピスト
気管切開してまもない頃の押富さん

安定してからも入浴できなかったため、看護師に尋ねたら「えっ、半年も入っていなかったの」と驚かれた。その無関心ぶりが悲しかったという。

「私のような介助量が多く、リスクもある患者を入浴させるのは重労働です。無意識に『仕事を増やしたくない』と避けていた部分もあると思います。また、入浴が患者の心身の状態に与える効果を認識できていなかったり、マンパワー不足であったり、介助能力の不足、患者のADL(日常生活動作)が把握できていないなどスタッフ側の理由で入れてもらうことができなかったのだと思います」(作業療法ジャーナル2013年8月号)

経管栄養をしていたころは、朝の栄養の点滴は午前3時だった。当直の看護師にとっては勤務の都合でそうなったようだが、寝ているところを点滴される患者には「朝食」とは思えなかった。

初耳情報を学生に?患者との意識のずれ


口から食べていなかった時期は、口腔ケアも忘れられがちになり、病院によっては歯磨きは1日1回だった。誤嚥性肺炎の予防に朝と夜の歯磨きが推奨されているはずだが、「忙しい」が口癖のスタッフになかなか言い出せなかった。

大学病院では、主治医のドラ先生と担当教授との間で、情報の共有がどこまでできているのかも気になった。

教授が医学生や研修医を連れて病棟を回り、診療のコツを学ばせる「教授回診」はどこの大学病院でもおなじみの光景。その際に、学生たちに伝える内容が押富さんにとってはしばしば初耳だったりした。

7月の回診の際はCT画像をもとに「ここに影があるでしょ。胸腺腫の疑いありだね」。まだ聞いていない情報だった。11月に呼吸困難でぐったりしていたら「これがプレクリーゼの状態。よく見ておいて」

呼吸筋の筋力低下が進行し、人工呼吸などが必要になる「クリーゼ」の一歩手前にいるという意味だが、自分がそんなおおごとになっているとは知らなかった。

医学生の教育に協力するのは患者の務めと理解しているが、主治医より先に教授が医学生に説明してしまうのは「順序が違う」と思わざるをえなかった。

押富さんが医療職だからと、治療や副作用の説明がしばしば省略されてしまうことにも「なれあい」を感じたりした。

全力で治療してくれた医療者たちに感謝しつつ、患者の気持ちにもっと想像力を働かせてほしいと、意識のずれを埋める発信を心掛けるようになったのだ。

押富さんは、2012年に母校の高浜福祉専門学校の卒後研修で講演をしたのをきっかけに、病院や看護学校などでの講演や地域での福祉講座などで引く手あまたの「当事者セラピスト」になっていく。つらい患者経験を生かした「地域の仕事の場」だった。


連載「人工呼吸のセラピスト」

文=安藤明夫

ForbesBrandVoice

人気記事