FRBが出した声明の中には、“インフレで最も苦しむのは貧困層だ”という、まるで政治家がしがちな単純な解釈のような表現があるが、これには問題がある。この考え方は、消費者価格の上昇が賃金インフレや移転支出(政府による生活補助金など)につながる可能性を無視するものだ。FRBのインフレ対策の真の動機はこれ以外にある。
FRBの動機の一つ目は、世間のインフレ期待が実際のインフレにおいて大きな役割を果たしていることだ。簡潔に説明すると、世間が高いインフレを予想すれば、企業は値上げに動き、労働者はより高い賃金を求めるようになり、インフレが助長される。
米クリーブランド連銀のロレッタ・メスター総裁は、経済モデルでのインフレ期待の使用をめぐる理論と実践について説明し、興味深い結論を出している。
経済学では、期待インフレ率が中央銀行の目標と合致して安定的に維持されている状態を、いかり(アンカー)が降ろされていることになぞらえ「アンカーされている」と呼ぶ。期待インフレ率が中銀の目標を上回ると、期待が安定的に維持されていない(アンカーされていない)ことになる。メスターは次のように問い掛けている。
「より長期的なインフレ期待が物価の安定と同じ水準で十分アンカーされていると誤って思い込むことと、インフレ期待は実際にはアンカーされているのに経済状況に合わせ変動していると誤って思い込むことでは、どちらの代償が大きくなるだろう? 理事会のFRB/米国モデルのシミュレーションからは、インフレ期待が実際にはアンカーされていないのにアンカーされていると思い込むことの方が、より代償が大きい誤りだということが示唆されている」
前者の誤りの代償は、インフレ期待がFRBの目標から外れた場合に大規模な経済縮小が必要となること。後者の誤りの代償は、本来は不要な経済縮小措置が実施されることだ。
FRBは、高インフレの兆候が現れ始めた2021年、インフレ期待を抑制するには声明の発表だけで十分だろうと考えた。FRBのジェローム・パウエル議長は同年末、「インフレは大幅に下がるだろう」との予想を示し、物価の安定維持に取り組むFRBの方針を改めて強調した。しかし多くの人はFRBの声明には耳を傾けず、高インフレの期待を持った。FRBはその後、言葉だけではなく行動が必要だということに気付いた。