つらいなら「笑おう」 ポジティブへ変換し大記録に達したGK

photo by Gettyimages / Etsuo Hara - JL

浦和レッズの守護神、西川周作が前人未到の大記録を打ち立てた。プロの第一歩を踏み出した大分トリニータからサンフレッチェ広島、そして浦和まで、コツコツと積み重ねてきたJ1戦線における無失点試合を「170」に到達させ、歴代単独トップに躍り出たのだ。時の日本代表監督から183センチの身長を「小さい」と指摘されたこともある36歳のベテランが、18年もの歳月をかけて自らの名を歴史に刻ませるに至った2つのポリシーを追った。

つらいとき。悔しいとき。泣きたいとき。そして、怒りではらわたが煮えくり返りそうなとき。浦和レッズの守護神、西川周作は「笑おう」と自らへ言い聞かせてきた。

西川が浮かべる穏やかな笑顔が強く印象に残っているのは、日本代表のキーパーを託されていた2016年秋。歯に衣着せぬ物言いで知られたヴァイッド・ハリルホジッチ監督が、唐突にゴールキーパーの身長に言及したときだった。

「現代フットボールでは身長が190センチないと、いいゴールキーパーとは言えない。強豪クラブでも強豪国でも、大半がそのような統計になっている」

自身がレギュラーに指名していた西川の身長は183センチ。物足りないと思い続けてきた本音を漏らしたのか、あるいは戦いの渦中にあったロシアワールドカップ出場をかけたアジア最終予選へ檄を飛ばしたのか。指揮官はさらにこう続けた。

「育成段階で身長が大きくなりそうな選手を選ばないといけない。小さなゴールキーパーは反応がいい選手もいるが、身長が高くないとハイレベルで戦えないのは事実だ」

ポジションの特性上、身長の高いゴールキーパーが優位に立つのは理解できる。しかし、30歳を超えて「身長が足りない」と言われても無理がある。ハリルホジッチ監督の言葉を伝え聞いた西川は、それでも笑顔を浮かべながら持論を展開した。

「身長的に厳しいのはわかっているので、190センチのキーパーにはないもので勝負しないといけない。何を言われようが、ないものはない。割り切っていきます」

西川がJリーグの歴史を塗り替えたのは、身体のサイズの矜恃をこう打ち明けてから約6年後だった。

ホームの埼玉スタジアムにFC東京を迎えたJ1リーグ第21節。相手の攻撃をシャットアウトし、3-0の完封勝利に貢献した西川は通算の無失点試合数を「170」に伸ばし、J1リーグ歴代のトップに自らの名を刻んだ。

ランキングを見れば、169試合で2位の曽ヶ端準(鹿島アントラーズ)と163試合で3位の楢崎正剛(名古屋グランパス)はすでに引退。現役では、ともに102試合で4位タイに名を連ねる林卓人(サンフレッチェ広島)と東口順昭(ガンバ大阪)となる。おそらく未来永劫にわたって更新されない大記録を打ち立てても、謙虚で飾らない性格の西川は柔和な笑顔をまじえながら「170」という数字を振り返った。

「こうしてチームのみんなに支えられながら、記録を達成できたことを嬉しく思います。でも、チームが勝つことが第一なので、たとえ失点したとしてもチームが勝利を収めることができれば、僕としてはそれが何よりも嬉しかったと思います」

レガースに記した「笑門来福」


大分県宇佐市で生まれ育った西川は、小学校3年生でサッカーをはじめた。当時のポジションはスーパースター、カズ(三浦知良)に憧れるフォワードだった。

ゴールキーパーとの出会いは1年後。レギュラーが欠席した練習試合で、小学生にしては大柄だったサイズを見込んだコーチから指名されたのがきっかけだった。しかし、試合に出ながらも「いつかフォワードに戻ってやる」と思い続けていたという。
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文=藤江直人

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