つらいとき。悔しいとき。泣きたいとき。そして、怒りではらわたが煮えくり返りそうなとき。浦和レッズの守護神、西川周作は「笑おう」と自らへ言い聞かせてきた。
西川が浮かべる穏やかな笑顔が強く印象に残っているのは、日本代表のキーパーを託されていた2016年秋。歯に衣着せぬ物言いで知られたヴァイッド・ハリルホジッチ監督が、唐突にゴールキーパーの身長に言及したときだった。
「現代フットボールでは身長が190センチないと、いいゴールキーパーとは言えない。強豪クラブでも強豪国でも、大半がそのような統計になっている」
自身がレギュラーに指名していた西川の身長は183センチ。物足りないと思い続けてきた本音を漏らしたのか、あるいは戦いの渦中にあったロシアワールドカップ出場をかけたアジア最終予選へ檄を飛ばしたのか。指揮官はさらにこう続けた。
「育成段階で身長が大きくなりそうな選手を選ばないといけない。小さなゴールキーパーは反応がいい選手もいるが、身長が高くないとハイレベルで戦えないのは事実だ」
ポジションの特性上、身長の高いゴールキーパーが優位に立つのは理解できる。しかし、30歳を超えて「身長が足りない」と言われても無理がある。ハリルホジッチ監督の言葉を伝え聞いた西川は、それでも笑顔を浮かべながら持論を展開した。
「身長的に厳しいのはわかっているので、190センチのキーパーにはないもので勝負しないといけない。何を言われようが、ないものはない。割り切っていきます」
西川がJリーグの歴史を塗り替えたのは、身体のサイズの矜恃をこう打ち明けてから約6年後だった。
ホームの埼玉スタジアムにFC東京を迎えたJ1リーグ第21節。相手の攻撃をシャットアウトし、3-0の完封勝利に貢献した西川は通算の無失点試合数を「170」に伸ばし、J1リーグ歴代のトップに自らの名を刻んだ。
ランキングを見れば、169試合で2位の曽ヶ端準(鹿島アントラーズ)と163試合で3位の楢崎正剛(名古屋グランパス)はすでに引退。現役では、ともに102試合で4位タイに名を連ねる林卓人(サンフレッチェ広島)と東口順昭(ガンバ大阪)となる。おそらく未来永劫にわたって更新されない大記録を打ち立てても、謙虚で飾らない性格の西川は柔和な笑顔をまじえながら「170」という数字を振り返った。
「こうしてチームのみんなに支えられながら、記録を達成できたことを嬉しく思います。でも、チームが勝つことが第一なので、たとえ失点したとしてもチームが勝利を収めることができれば、僕としてはそれが何よりも嬉しかったと思います」
レガースに記した「笑門来福」
大分県宇佐市で生まれ育った西川は、小学校3年生でサッカーをはじめた。当時のポジションはスーパースター、カズ(三浦知良)に憧れるフォワードだった。
ゴールキーパーとの出会いは1年後。レギュラーが欠席した練習試合で、小学生にしては大柄だったサイズを見込んだコーチから指名されたのがきっかけだった。しかし、試合に出ながらも「いつかフォワードに戻ってやる」と思い続けていたという。