日本企業は長い間、コスト削減と生産性の向上による競争力の強化に明け暮れてきた。財務省の「法人企業統計年報」によると、コロナ禍直前の2019年までの11年間で国内の全産業の純利益は4.9倍に拡大し、一定の成果を上げている。一方、同期間の売上高の伸びは1.1倍でほとんど変わっていない。つまり、限られたパイの中でシェアの奪い合いをしているのが実態だ。
グローバルの時価総額ランキングで、上位50社に入る日本企業がほとんどなくなったのは、これと無関係ではないだろう。成長余地の大きい産業を打ち出せていないことを意味するからだ。このままでは、徐々に食いぶちがなくなっていくのは避けられない。日本企業は、新たな市場を創出して、TAM(Total Addressable Market:獲得可能な最大市場規模)を拡大していく必要がある。
市場の創出といえば、新しいテクノロジーによるイノベーションにばかり目が行きがちだが、実はここで重要になるのがルールメイキングだ。理由のひとつは、イノベーションを社会に実装するためにはルール整備が必要ということだろう。
自動運転や宇宙開発、代替肉など、いろんな産業で技術革新が進んでいるが、法規制などの既存のルールは、これらを想定してつくられてはいない。個人が自家用車でお客を運ぶライドシェアがいまだに国内では「白タク」行為として禁止されているように、ルールがビジネス上の障壁となる事態が起こりえる。
政治や行政に働きかけて、規制緩和などを実現することで初めて市場が成立するパターンが存在するのだ。テクノロジーの進化の加速に伴い、この課題はかつてないほど大きくなっている。
次に強調したいのが、実は新製品/サービスがなくとも、ルールメイキングそのものによって市場を創出できるということだ。例えば、どのスーパーでも売っている卵ですら、新たな市場セグメントをつくれる。狭いケージに押し込められた鶏による卵が大半の日本で、平飼い卵の市場を拡大するには、どうすればよいか。安価なケージ飼育の卵を選んでしまう消費者に説教するよりも効果的な方法がある。
金融機関や自治体が参考にする域内の企業や店舗の環境評価を、「脱炭素」だけでなく「動物福祉」も入れたルールにするのだ。消費者の変化より早く、スーパーのほうから積極的に平飼い卵を取り扱って、「エシカル(倫理的な)消費」市場ができるかもしれない。
また、欧州が主導する脱炭素や脱プラスチックの取り組みは、逆にルールがイノベーションを誘発している例といえる。すぐになくすことはできないけれども、持続可能な社会のために、多くの企業の研究開発投資がこの分野に割かれるようになった。
これまで日本企業は、市場の原則は所与のものであり、そのなかでどううまく立ち振る舞うかという視点で臨んできた。しかし、その姿勢にはもう限界が見えてきた。例えば、日本が得意としてきたハイブリッド自動車(HV)。
一昔前は、海外でも多くの消費者に称賛されていたが、欧州連合(EU)がタクソノミー規則(持続可能な経済活動の分類)で「グリーン車」の枠からHVを外すなど、ルール上の包囲網が敷かれたことにより成長の芽が摘まれ、多くの日本メーカーは電気自動車(EV)へのシフトを余儀なくされた。
優れた技術をもっていても、ルールでやられてビジネスが壊れるという経験を、近年多くの日本企業が経験してきたことでようやく、自分たちが積極的にルールづくりに関与していくべきという意識に変わり始めている。