世界的サイバー法学者が語る「web3の前に考えたいWeb2.0の問題点」

サイバー法学が専門のハーバード大学ローレンス・レッシグ教授 Getty Images


レッシグ:この問題の大きな原因の一つに、「制度的腐敗」があると私は考えています。少なくとも、米国ではそうです。きっと日本のように、より洗練された官僚組織がある国では事情が異なるでしょう。しかし米国では、規制する力がありません。なぜなら、肝心の規制当局の関係者、つまり規制する側が、将来的に規制される側で働きたいと考えているからです。転職する前にキャリアアップの一環で、規制側で働いている人も少なからずいます。つまり、「規制当局→企業」へとクルクル回る“回転ドア”なのです。

井関:それに、企業ロビイスト(圧力団体)もいますね。

レッシグ:ええ、企業ロビイストの存在もありますね。米連邦議会のことをその所在地から「キャピトル・ヒル」と呼びますが、今ではそれも(ワシントンD.C.にある通りで、多くのロビイストや圧力団体がオフィスを構えている)「Kストリート」の養成所みたいものです。誰もがロビイストになりたがっていますよ。あるいは、どうすれば規制を免れている会社で働けるか、ということで頭がいっぱいなのです。

例えば、米証券取引委員会(SEC)の中には、「どうすれば、規制当局の一員としてゴールドマン・サックスを公正に規制できるか?」と考えるのではなく、「ゴールドマン・サックスで働くことが最終目標」の人もいたりします。ひょっとすると、規制が難しい領域だから転職しているだけなのかもしれません。でも根本的な問題として、規制側にいることにインセンティブがないのも事実です。規制当局に従事する人たちが「公共の利益を守るために規制側に加わりたい。給与も大企業ほどではないにせよ、福利厚生が充実していて公務員としての安定性もある」というふうに考えてもらえるようなシステムが必要です。

井関:それは興味深い指摘ですね。これから気候変動や制度上の腐敗、社会制度の硬直化などの問題に直面する若年世代のほうが、共通善が失われていくことへの危機感が強く、テクノロジーの長短を理解しているぶん、問題意識が高そうですがいかがでしょう。世代や社会における立場の違いからそれぞれインセンティブが異なるので、社会としてベクトルを合わせていくのが難しそうですが。

レッシグ:インセンティブが異なるのは仕方がありません。でも、フェイスブックのような企業を規制するのは、米連邦議会に課せられている役割の一つですからね。ただ、そうした会社を規制する役割や方法を知っているかどうかだけではなく、それができる肝心の「ヒト」がいるかどうかも大事です。

例えば、人工知能(AI)の領域などがよい例です。シリコンバレーは今、世界のAI人材を吸い上げています。ほとんどの人たちがシリコンバレーに集まっているわけです。英国では、自国の優れたAI研究者がこぞって米国へ移住している惨状を嘆いています。

こうして、シリコンバレーはAIの中心地になろうとしているのです。すると当然、米国を中心に巨大化するAI領域を「米政府はどのように規制するのか?」という疑問が生まれるわけですね。もし仮に、まったく規制がない無法地帯のような状況下でAI研究が進む場合はどうなるのでしょうか。そして中国のように、10先を見据えてAIに関する戦略を立てている国と、明確な政策がない米国とを比較した場合、明確な政策や規制がある国に後れを取るのではないか、という問題も出てきます。個人のインセンティブ設計もですが、然るべきインセンティブや規制についても考えていく必要があるのです。
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文=井関 庸介

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