「架け橋」人材を育てる取り組み。九州大学、NTTでも
──では、そういった問題意識が「育まれ始めたばかり」の日本で行われている取り組みには、具体的にどういったものがあるのでしょう。
日本でも、社会の動きがようやく活発になってきています。経済産業省の報告書「数理資本主義の時代~数学パワーが世界を変える~」にも「AIの活用や新たなAIの開発には数学の知識や能力が不可欠」とされています。
また九州大学では2011年に、産業数学の研究拠点「マス・フォア・インダストリ研究所」が立ち上げられました。この研究所の設立に貢献された九州大学副学長の若山正人先生も、「現代社会を牽引する高度テクノロジーのほぼすべてにおいて,その本質的部分は数学を礎石としている」、「国際的に数学者の産業界での需要が今後さらに増加することは疑いない」とおっしゃっていますね。
また、2021年にはNTTが、基礎数学の研究組織として「基礎数学センター」を開設したことも話題になりました。ちょっと見には逆の動きのようですが、民間企業が基礎・純粋数学研究の場を創出しようとしているのも、先にお話ししたような「理論と実践をつなぐ架け橋人材」の育成を視野に入れてのことかもしれません。
金融商品開発には「高級数学」が必須だった
──では先生、わが国における、数学系の学生たちの就職状況はどうなのでしょう?
多いのはやはり、IT企業にエンジニアとして採用されるケースです。プログラマーとしてゲームの設計をしたり。ほかに、多いのは金融系、とくに保険業界ですね。
実は、金融商品の開発のためにはかなり高級、高度な数学が必要なんです。保険商品の開発の基礎になる数学もある。
とくに、日本語では「保険数理士」「保険数理人」などと訳されることもある「アクチュアリー」の資格を得るための試験には、高度な数学、たとえば「ブラック-ショールズ方程式」、「伊藤積分」、「ルベーグ積分」などの考え方が重要です。
実際に京都大学の数学教室では「保険数学」という講座や「アクチュアリーサイエンス部門」を開設していますし、東京大学はファイナンスの講座を持っています。ビジネスにおける将来的リスクや不確実性の分析、評価を専門とする高度な専門職を育てる場は、現状、日本では数学科にしかないといってもいいでしょう。
逆に金融、IT業界で応用可能な数学を学ぶ人たちが、数学だけでなく、ダブルメジャーでたとえばマクロ経済、法律、政治学などを学べば、さらに有利になると思います。また、そういった学際的な学び、複数の学問分野を繋げての研究から、思いがけない応用の発想が生まれることもあるのではないでしょうか。いずれにしても、今後「学びの形」は多様化していくべきですし、そうなれば数学と社会の関係もますます成熟していくでしょう。