美しい風景の中で描かれる芸術と実生活、男女の倦怠。「ベルイマン島にて」


実は劇中のクリスとトニーの関係は、年齢差や状況などを鑑みると、実生活でもパートナーであったハンセン=ラブとアサイヤス監督との関係を彷彿とさせられる。それだけにベルイマン監督をめぐって交わされる会話や、互いの脚本に対する厳格なやりとりなど、クリスの存在が監督のハンセン=ラブと重なって見えてくる。

「映画監督のカップルを主人公にして、彼らの原動力のうち、どこまでが孤独に基づき、どこからが仲間意識に基づいているのか。フィクションはどこから生まれるのか。それはどのようにして脚本に落とし込まれるのか。そういったことをテーマにしたいと思っていました」

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(c) 2020 CG Cinéma ‒ Neue Bioskop Film ‒ Scope Pictures ‒ Plattform Produktion ‒ Arte France Cinéma

なぜこの作品をつくったかを問われて、このように語ったハンセン=ラブ監督だが、舞台をフォーレ島に選んだのは、やはり自らもリスペクトするイングマール・ベルイマン監督の存在が大きかったという。

「10年ほど前から、ベルイマン監督の作品や人生に傾倒し、この島に強く惹かれるようになりました。彼はこの島で、代表作のいくつかを監督し、人生の最後を過ごしました。バルト海の真ん中に位置するこの島は、恐ろしくも魅力的で、厳かで刺激的、まさに作品の理想を体現している島なのです」

ハンセン=ラブ監督は、この「ベルイマンの島」の風景が持つ力にも惹かれたという。彼女が切り取ったこの島の映像を観ているうちに、このバルト海の島に出かけてみたいという気持ちにさせられることも確かだ。

「自然を観ているときの喜びや感情は、登場人物の旅と密接に関係しやすく、私のなかで虚構を生み出してくれます。この作品ではフォーレ島という物理的な場所にも惹かれたのですが、それは当然、精神的、内面的な場所でもあります」

ちなみに「ベルイマン島にて」は、昨年のカンヌ国際映画祭では、脚本賞を受賞した濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」と同じコンペティション部門で賞を競っている。後者も印象深い風景が登場する作品だったが、両者に同じような「匂い」を感じたのは筆者だけだろうか。

そして最後に書き留めておきたいのは、「ベルイマン島にて」はイングマール・ベルイマン監督の作品を観ていなくてもじゅうぶんに楽しめるし、この巨匠監督のことを知っていれば、さらに興味深く観賞できるということだ。

連載:シネマ未来鏡
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文=稲垣伸寿

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