美しい風景の中で描かれる芸術と実生活、男女の倦怠。「ベルイマン島にて」


作品の前半は、この島にやってきたクリスとトニーが次第にすれ違っていく様子が描かれていく。親子ほども年齢差のある2人、しかもどちらも映画監督で、かたや名声を得て功成り名を遂げ著名な人物と、まだまだ売り出し中の女性監督。正式に結婚はしていないようなのだが、2人の間には娘もいる。破綻を予感させるフラジャイルな関係が、この島の美しい風景とともに細やかに描かれていく。

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(c) 2020 CG Cinéma ‒ Neue Bioskop Film ‒ Scope Pictures ‒ Plattform Produktion ‒ Arte France Cinéma

実は、クリスとトニーが、ベルイマン監督ゆかりの島に滞在しているのは「ベルイマン・エステート」という制度を利用してのことだ。これは実際にも存在するもので、仕事や創作のインスピレーションを得る場として世界中の芸術家や学者やジャーナリストなどに開放されている。条件を満たした申請が通れば、無料で島の宿泊施設に2週間以上2カ月以内滞在できる。

この作品自体もベルイマン・エステートを利用して製作されているという。そのためか、この島が持つ魅惑の風景が作品のなかに数多く取り入れられおり、前半は油断すると「観光映画」としても楽しめてしまう。ただ作品の冒頭からぎこちないやりとりを続ける2人の関係を注意深く追っていくと、中盤以降、虚実綯い交ぜとなるスリリングなドラマにも目が離せなくなる。

クリスは「1度目の出会いは早すぎて2度目は遅すぎた」という言葉とともに、過去の恋人と10年ぶりに再会するという脚本を書き始めるが、すぐに筆が進まなくなる。映画界では著名な監督でもあるトニーに助言を求めるが、彼からの答えはクリスの満足のいくものではなかった。

作品の中盤過ぎからは、クリスが脚本を書く劇中劇も挿入されていく。劇中劇のヒロインもエイミー(ミア・ワシコウスカ)という若い女性の映画監督で、物語はそこから少々複雑な展開を見せていく。

前半はリアリズムで貫かれて描かれていた作品は少しずつ変化を見せ始め、最後はさまざまな解釈が成り立つラストシーンへとたどり着く。「ベルイマンの島」で展開される年齢差カップルのすれ違い劇は、いつしか「芸術と実生活」の間で揺れ動く創作者の真実を紡ぎ出す物語へと変化していくのだ。

島の風景が持つ力に惹かれて


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(c) 2020 CG Cinéma ‒ Neue Bioskop Film ‒ Scope Pictures ‒ Plattform Produktion ‒ Arte France Cinéma

「ベルイマン島にて」の監督と脚本は、フランスの女性監督ミア・ハンセン=ラブによるものだ。彼女は1998年、17歳のときにオリヴィエ・アサイヤス監督に見出され女優としてデビュー。2006年には自ら監督と脚本を手がけた初の長編作品「すべてが許される」を発表。以後「あの夏の子どもたち」(2009年)、「EDEN/エデン」(2014年)、「未来よ こんにちは」(2016年)などの作品で注目を集める。
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文=稲垣伸寿

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