とはいえ、全身タイツの実物を見るとさすがに気が滅入った。だが、もはや後には引けない。意を決して博多駅でコスチュームに着替え、本社があるJR水城駅を目指して歩き始めた。すると、江上が行くところだけサーッと人がよけていく。恥ずかしいと思うほどストレスがたまる。そしてためらいを覚えるほど、街ゆく人には警戒心を抱かれる……。
デビューは散々だったが、全身タイツで毎日出社するうちに覚悟が決まった。迷いが消えると、街で出会う人たちの態度に変化が現れた。「チャオ!」とあいさつすると笑って手を振り返してくれる。
「自分の気のもちようで、周りの人も変わるのだと気づきました」
しかし、いい変化ばかりではなかった。社長の全身タイツ姿は古参社員のひんしゅくを買った。「教習所に楽しさはいらない」。失望した社員から週1回のペースで退職願が届くようになった。
「これ以上スタッフに辞められたら会社がつぶれる。やり方を改めてほしい」
幹部社員にそう懇願されたが、「方針に納得がいかない人はミナミを去るべきだと、全社員に宛てて手紙を書きました」。退職願が届く頻度は週2回に増え、約100人いた社員のうち47人が辞めていった。指導員不足で教習の対応が追いつかなくなり、やむなく入校制限をかけた。2015年度の決算は前年比1億円以上の減収だった。江上は不眠症になり、髪がごっそり抜けた。
ところが、15年春に新卒社員たちが入社すると流れは一変した。新年度を迎えた日の朝礼を、江上ははっきりと覚えているという。そこには、真面目な話をすると大きくうなずき、ユーモアを交えればどっと笑う若者たちの姿があった。
「既存のものを破壊しないと事業承継はできない。新しい方針にコミットする社員が過半数を超えたところで社風は完全に変わる。これはいけると思いました」
そこからは、楽しく学べる教習所を目指して全工程を見直し、次々と改善策を打ち出していった。そのなかで生まれたのが『DON!DON!ドライブ』である。17年にリリースすると生徒はもちろん業界内でも話題を集め、全国100カ所以上の教習所に導入されて同社の経営黒字化に貢献した。
自動車教習業界全体の「変身」に向けて、20年にはコーポレートベンチャーキャピタルを設立した。教育、モビリティ、地方創生を手がけるシード期のスタートアップに投資しつつ、業界のリソースを使って活動をサポートする。21年5月には自動運転の技術開発を手がけるティアフォーと合弁会社を立ち上げ、自動運転技術を用いた運転技能検定やAI教習のシステム開発にも本格着手した。
2021年には自動運転の技術開発を手がけるスタートアップ、ティアフォーと合弁会社を設立。AIを駆使して技能講習の自動化を目指す
自動車や二輪車のほか、ドローン教習も手がける。「ゆくゆくは、自動車教習所をさまざまなモビリティに触れられるパークにしたい」(江上)
「教習所は売り上げとコストの大半が技能教習なので、業界全体の生産性を上げるにはこの手しかない。コアな技術は確立できたので、道路交通法が改正されればすぐにでも実現できると考えています」