ビジネス

2022.04.07

伝統工芸を「科学」で経営。多国籍人材で育む自律型グローバル開拓エコシステム

立命館アジア太平洋大学や大分大学の留学生が海外市場での成長を担っている


退職者はビジネスパートナー


伝統工芸を取り入れた高付加価値の自社製品をグローバルに販売する現在の主力ビジネスも「彼らとともに育ててきた」というのが岡垣の実感だ。だが、多くの留学生はいずれ母国に帰ってしまう。せっかく絆を強め、ビジネス上のよき理解者になってくれた人材とそこで関係が切れてしまうのは、心情的にも経営戦略的にも避けたかった。卒業生に母国で代理店を立ち上げてもらう取り組みは、そうした思いの発露だったが、彼らはもはやビジネスエコシステムの中核だ。現地に会いに行けば「高級車で空港に迎えに来てくれて、五つ星ホテルが入っているビルの最上階にオフィスを構えている」という。後輩たちからも 「成功したビジネスパーソン」と目され、留学生コミュニティ内でのワンチャーの求心力をも支えている。

「ECビジネスで15年以上蓄積してきた顧客データはワンチャーの最大の武器。留学生たちにはこうしたデータからビジネスを学習していく素養と貪欲さがある。私は研究者出身ということもあってか経営をサイエンスとして楽しんでいるところがあるのですが、社員や卒業生も同じように楽しんでくれている気がします」


腕時計もワンチャーブランドの主力製品に育ちつつある

今後数年で売り上げを倍増させる意欲的な成長目標を掲げている。ただし、不安要素もある。大手メーカーが米国市場でワンチャーと類似のビジネスを展開し始め、そのあおりを受けているのだ。 ワンチャーを率いる岡垣太造。日本語を必要としない業務環境を提供することで留学生の支持を得て、彼らとの絆を丁寧に紡いできたことがビジネス上の強みにつながった。


高度な職人技が発揮された「一点もの」が好まれるのは世界共通だが、地域ごとにマーケティング戦略は異なる

課題解決策のひとつはエコシステムの進化だ。卒業生たちに、代理販売だけでなく、新製品の企画・製造も積極的に担ってもらうことを構想している。すでに中国や東南アジアでは、現地伝統工芸の調査、職人との交渉、現地の特産素材の開拓・調達などを代理店が自ら行い、製品化にこぎ着ける事例も出てきている。ワンチャーは汎用的な素材を提供し、現地の職人が装飾を施すなどして出来上がった製品を買い取り、自社の販路で流通させるのが基本スキームだ。利益率が高い自社製品のラインナップを世界中で自律的に拡充する仕組みが確立できれば、成長はさらに加速すると岡垣は考えている。


輪島塗や津軽塗など、多様な伝統工芸を万年筆と組み合わせる

ワンチャーのビジネスには、どこか逆説的な面白さがある。留学生たちは、もともと伝統工芸にそれほど思い入れがあるわけではない。ワンチャーの成長を目の当たりにすることで、「ビジネス上のデータを起点に伝統工芸の価値を理解し、技術そのものにも高い関心をもつようになる人が多い」という。伝統工芸は経済原理を度外視した文化的価値という側面から語られることが多いが、経済的な価値への変換を突き詰めて考えることは、むしろその持続可能性を高めることにつながるのではないか。岡垣にも「世界中で失われつつある伝統工芸や技術を残し、発展させていくべき」という問題意識はあるが、科学的センスのある経営こそがそれを可能にすると確信しているのだ。


岡垣太造◎ワンチャー代表取締役社長。鳥取大学大学院で乾燥地の農業研究に従事。遠隔農業向けの画像電送システム開発や農場経営を経て2000年にTHT(現・ワンチャー)を設立。万年筆ビジネスを展開。

ワンチャー◎前身のTHTは2000年設立。万年筆の輸入販売や国産メーカー製万年筆の海外販売をオンラインで手がける。11年に自社製品ブランドとして「ワンチャー」を立ち上げ、社名もワンチャーに変更。海外売上比率は約85%。従業員数は26人で約80%が外国人社員。

文=本多和幸 写真=吉澤健太

この記事は 「Forbes JAPAN No.092 2022年月4号(2022/2/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

連載

SGイノベーター【九州・沖縄エリア】

ForbesBrandVoice

人気記事