ウィックハム:2011年頃のことだったと思います。私はカウフマン・フェローズが発行していたジャーナル誌の序文を書いていたのですが、ある号で「キャピタル(資本)の定義を再考する」というテーマがありました。つまり、小切手を切る、送金するといったベンチャー・キャピタリストが行う最低限の業務以外の重要性について問題提起をしたいと考えたのです。生態系で喩えるなら、スタートアップという“植物”に出資することで育て、最終的にはIPOまで成長させることが目的なのですが、カウフマン・フェローズでは、その“生涯”を通じてベンチャー・キャピタリストはいかにして起業家を支援すべきか、を教えます。その過程で、成長に必要な栄養は何か、それはどこで入手できるか、など多くの疑問が生まれます。すなわち、人材やアイデア、パートナーシップ、人脈などです。ベンチャー・キャピタリストは、教師やコーチ、セラピスト、あるいは父母のような役割を果たさなくてはいけないわけです。
それまでのベンチャー・キャピタル業界の多くは、株式と引き換えに出資したらおしまい、というものでした。いったん出資したら、あとは起業家まかせだったのです。出資した投資サイドは契約によって守られる一方、起業家が大きなリスクを背負っていました。
ところが、投資家と起業家の関係に変化が生まれました。投資家は出資して終わりではなく、10年近い時間軸で起業家を支援していく、という考え方に変わったのです。そこで、キャピタル・フォーメーションの重要性が高まったのです。
牧:WBSの講義名を決めるに当たって、日本でまだ浸透していない「キャピタル・フォーメーション」を使うのではなく、「ベンチャー・キャピタル・フォーメーション」にしました。ただお話を聞く限り、アメリカでも初めは正しく理解されていなかったようですね。学生がこの言葉から受け取る印象とはどのようなものだと思いますか?
ウィックハム:面白い質問ですね。業界の専門用語に慣れ親しんでいると、他の業界の人がどのように受け取るか、なかなかわからないものですから。
私見ですが、必ずしも何でも分かりやすくする必要はないのではないでしょうか。すべての人が理解している必要がない用語だからです。また、一緒に働きたい人材かどうか、あるいは向き不向きをはかる“リトマス試験紙”にもなります。実際、私がカウフマン・フェローズでCEOとして過ごした9年間、毎年40〜50人のベンチャー・キャピタリストが2年間のプログラムを履修しましたが、修了するまでにキャピタル・フォーメーションの概念を正しく理解できた人は半数もいたらよかったほうです。