ビジネス

2022.03.19

東京の「スタートアップ・エコシステムの成長段階」は?

早稲田大学ビジネススクール(WBS)の牧 兼充 准教授


その意味では、現在の日本のベンチャー・キャピタル産業の状況が「80年代のシリコンバレー」に似ているのではないか、という牧さんの指摘は正しいように思います。

ところで私見では、そしてカウフマン財団の観点からもですが、「日本版エコシステム」という呼び方はしっくりきません。なぜなら、エコシステムは“国家規模”で考えるものではなく、“都市単位”で考えるほうが自然だからです。

牧:シリコンバレーのような地域や都市くらいの規模感で成長するということですね。

ウィックハム:ええ、そうです。例えば、「ベルリンのスタートアップ・エコシステム」という呼び方はすると思いますが、「ドイツのスタートアップ・エコシステム」というのはあまり耳にしません。

スタートアップにしても、ベンチャー・キャピタルにしても、こうしたスタートアップ・エコシステムに根ざす会社は、すべて「生命体」のように構成されています。従って、各都市のスタートアップ・エコシステムに、その成長段階を示すヒントがあるものです。

そして、まだ若いスタートアップ・エコシステムの特徴の一つに、ベンチャー・キャピタルの第一世代が、伝統的な投資銀行の社員や、コンサルタントだったりすることが挙げられます。そして彼らの多くはその職業の性質上、「取引」が主体になります。

問題は、ベンチャー・キャピタルは平均9.8年に2回しか「取引」がない、特殊なビジネスだということです。出資から9.8年経ってようやく株式を売却するという意味です。「取引」はベンチャー・キャピタルにおいてビジネスの一部に過ぎません。最も重要なのは、その前後11〜20年にわたって培う「信頼関係」なのです。

そうしたこともあり、ベンチャー・キャピタル業界が「取引」思考の人々に占有されているときは、問題が起こりがちです。それは、投資サイドが優位になるような契約が結ばれてしまうことが多いからです。こうした人たちは「取引」に関する知識や交渉スキルに長けており、あらゆる状況に陥っても自分たちが損をせずにすむような契約を結びます。

ところが本当に優れたベンチャー・キャピタルの場合、玉石混淆の中、数えるほどしかいない真に優れた起業家たちを見極めます。そして彼らの成功を確信しているから、起業家にとっても公平な契約を結ぼうとします。ズームのエリック・ヤンCEOに出資した「Emergence Capital(エマージェンス・キャピタル)」でパートナーを務めるサンティ・スボトフスキーが好例です。エリックが成功すれば、サンティはシリーズAで出資した額の800倍のリターンを得られる可能性があるわけです。

ところが、仮に投資家側が起業家の成功ではなく、保身を優先して「取引」ベースの契約で起業家を縛りつけると、スタートアップの成長速度を鈍化させてしまうリスクがあります。未熟なベンチャー・キャピタルの場合、持株が15%から18%にまで上がって所有権が3%程度上がったことに満足するかもしれません。

でもそれによって出資先のスタートアップが業界トップになれず、800倍のリターンが50倍程度に留まったらどうでしょう。3%持株が増えた代わりに、得たかもしれない90〜95%のリターンを失うわけです。この「計算」ができるかできないかが、優れたベンチャー・キャピタルと、それ以外を分ける大きな要因になります。

こうした計算ができなければ、スタートアップを育てることはできません。このような計算をきちんとしたからこそ、暗号通貨取引所「Coinbase(コインベース)」のような会社が生まれたのです。
次ページ > 日本が覚醒すれば、衝撃は大きいものとなる

インタビュー=牧 兼充 写真=能仁広之

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事