トヨタMIRAIの開発責任者である田中義和は、「MIRAIには、皆さんに水素をなじみあるエネルギーと思っていただくという役割もある」と語る。この言葉の背景には、CO2排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルの実現が、恐ろしく難しいということが挙げられる。
BEVで一点突破を狙うヨーロッパ車メーカーに対し、BEVだけでなく燃料電池車(FCEV)にプラグインハイブリッド車(PHEV)、果ては現行のハイブリッド車(HEV)まで全方位作戦で臨む日本のトヨタ。カーボンニュートラル社会を見据えたメーカーの電動化戦略はさまざまだ。
カーボンニュートラル社会に欠かせないのが化石燃料からの脱却だ。化石燃料を燃やせばCO2が発生するので、カーボンニュートラルの実現には化石燃料からの脱却が必要不可欠だが、日本国内で用いられているエネルギーのうち、実に85.5%が化石燃料由来だという(2018年。資源エネルギー庁の統計より)。これをすべてなくすのは、限りなく不可能なように思える。
クリーンなエネルギーとして期待されているのが再生可能エネルギーだが、その代表である風力発電や太陽光発電は風の吹き方、日差しの出方によって発電量が左右されるため、安定供給が難しい。さらにためづらく、運びにくい。そうした電気の弱点を補えるのが水素で、電気より貯蔵が簡単で、運搬の際の効率も高い。というわけで、再生可能エネルギーで水を電気分解し、そこで生み出した“グリーン水素”を「エネルギーの担い手=エネルギーキャリア」として活用する考え方が、しきりに議論されている。
おそらく、グリーン水素だけですべてのエネルギーをまかなえるようになるのは遠い将来だろうが、それにしてもエネルギーキャリアとしての水素の実力は高い。であれば、なにやら得体の知れない水素というものを、少しでも身近に感じてもらうことが大切だ。冒頭のMIRAI開発責任者の田中の発言に戻り、その続きをご紹介しよう。
「今後はトラックを始めとする商用車に燃料電池を利用するケースが増えると想定していますが、そのためにも、まずは水素が安心して使えるエネルギーであることを広くご理解いただき、できれば水素アレルギーのようなものをなくしていただければと願っております。これがMIRAIのマーケティング上のテーマでもあったわけですが、その実現には、まずMIRAIがクルマとして魅力的で、ある意味で憧れの存在ととらえていただくことが重要だと考えました」
Yoshikazu Tanaka◎MIRAI開発責任者。1961年生まれ。1987年トヨタ自動車入社。ATのハード開発、制御開発を担当。2006年に製品企画部門へ異動。「プリウスPHV」を開発から6年間担当し、2011年末から「MIRAI」開発に着手。