例えば、ベンチャー・キャピタルが出資したハードディスク装置のスタートアップだけでも87社もありました。これは当時、「Venture Capital Myopia(近視眼的ベンチャー・キャピタル)」と揶揄されたものです。でも、同じようなことはそれ以降も繰り返されてきましたよね。なぜなら、このビジネスの性質として、儲けた場合の利益があまりにも莫大なので、損失を出すリスクを取る価値があるからです。
ベンチャー・キャピタルを進化させた画期的な出来事があるとすれば、それは「起業家に情報が伝わりやすくなった」ことではないでしょうか。1960〜70年代の起業家は、起業の仕方もわからないままに取り組むしかなく、資金や人材のリソースも不足していました。誰も経験したことがないので、コーチになるような人がいなかったのです。
そこで、2つの出来事が起きました。1つ目は、出資を受けて成功した起業家が、今度は自分自身がエンジェル投資家になって出資やメンタリングをするようになったのです。これにより起業家へノウハウが伝わるようになりました。
2つ目は、インターネットや、カウフマン財団のような投資家育成プログラムを通じて、ベンチャー・キャピタルの仕組みや慣習に関する知識が、ビジネススクールなどで体系化されるようになったのです。そして、起業家たちがそれを学ぶことでより「力」を得るようになりました。それまでは、ベンチャー・キャピタルの力の源は情報の独占だったのですが、その力が起業家へと移ったのです。
次回、「スタートアップ・エコシステムの成長段階」へ続く
牧 兼充◎早稲田大学ビジネススクール准教授、1978年東京都生まれ。2000年慶應義塾大学環境情報学部卒業。02年同大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。15年カリフォルニア大学サンディエゴ校にて、博士(経営学)を取得。慶應義塾大学助教・助手、カリフォルニア大学サンディエゴ校講師、スタンフォード大学リサーチアソシエイト、政策研究大学院大学助教授などを経て、17年より現職。カリフォルニア大学サンディエゴ校ビジネススクール客員准教授を兼務するほか、日米の大学において理工・医学分野での人材育成、大学を中心としたエコシステムの創生に携わる。専門は、技術経営、アントレプレナーシップ、イノベーション、科学技術政策など。近著に「イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学」(単著、東洋経済新報社)、「『失敗のマネジメント』がイノベーションを生む」(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2020年3月号掲載)、『東アジアのイノベーション』(共著、作品社)、『グローバル化、デジタル化で教育、社会は変わる』(共著、東信堂)などがある。
フィル・ウィックハム◎Sozo Ventures 共同創業者兼マネージング・ダイレクター、シリコンバレーの国際展開支援のトップファンドとして知られているSozo Venturesで、ツイッター、スクエア、コインベース、ズームといった投資案件を支援する。ベンチャー投資家、スタートアップ起業家として豊富な経験を有し、世界最大規模の次世代ベンチャー・キャピタリスト育成機関であるカウフマン・フェローズのCEOを経て名誉会長として、ベンチャー・キャピタルの次世代リーダーの育成を支援してきた。カウフマン・フェローズ出身者が設立した数多くのファンドを支援し、スポティファイへの投資で知られるスウェーデンのCreandum(クレアンダム)などで名誉顧問を務めている。また、スタンフォード大学工学部大学院で教鞭をとり、早稲田大学ビジネススクール(WBS)の招聘客員教授も務めている。