ニッチの見極め
企業の事例も挙げましょう。(FA産業の低迷で足元の業績は落ち込んではいるものの)世界最強の製造業の一つファナックの成功も、ニッチの見極めにあります。
良く知られているように、ファナックはもともと富士通の一事業でした。1960年代、富士通は主力事業であった通信機の次なる事業として、「コンピュータ」と「制御」の二つの分野に進出することを決定し(このような大局観を持った経営者に脱帽です。60年代にコンピュータと制御の二つを正しく言い当てています)、コンピュータ事業のトップには巨人IBMと伍して闘った伝説の天才設計者池田敏雄氏、制御事業のトップには稲葉清右衛門氏が任命されました。
稲葉氏が担当することになった制御産業には、「数値制御」と「プロセス制御」の二つがあったのですが、稲葉さんは後者から撤退し、前者に集中することにしたのです。
現在、後者は前者よりも大きな産業になっていますが、それだけに参入企業も多く、収益性はファナックには及びません。
稲葉氏の予想通りの結果になっています。この経験から「領域を絞り、それに徹することが企業経営の基本だということを学んだ」と稲葉氏は書いています。
そこで一流になれるか
一方、産業界を見渡すと、多くの企業が自社のニッチでない事業に参入し、お互いに傷つけあっています。ニッチ企業同士の競争は建設的ですが、非ニッチ企業との競争は不毛です。新規事業にあたっては、成長産業というだけで参入する事例も散見されますが、本当に重要なのはその事業がニッチであるかどうかなのです。
極端に言えば、成長事業かどうかは「運」です。
内部(自社が輝けるか)は外部(産業が魅力的かどうか)に先立つのです。
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ほとんどの人は調律師よりピアニストになりたい。でも誰でもなれるわけではない。筆者も越智志穂氏のように歌いたいし、勇利アルバチャコフのようなカウンターを打ちたいし、鴨居玲氏の抉るような絵を描きたい。
でも、どれも不可能。
悲しいことに、これらは私のニッチではないのです。頑張ればできるというものではありません。
個人にしろ組織にしろ、やはり向き不向きはあります。サッカーをやらせたら一流の人がボクシングで成功するとは限りません。その逆もしかり。組織でも同じでしょう。その事業において一流になれるかどうか、すなわち、その事業がニッチであるかどうかの見極めは、名経営者の条件の一つのように思います。
もちろん、売れなくても貧しくてもピアニストであるという人生も美学。ただ、それには相当の覚悟が必要だろうと思いますし、これは個人だから許されることであり、他人の人生を預かる企業経営においては美学での判断は避けるべきと感じています。
村田朋博◎東京大学工学部精密機械工学科卒。フロンティア・マネジメントには2009年入社、マネージング・ディレクターに就任し、2018年に執行役員に就任。山一電機社外取締役。大和証券、大和総研、モルガン・スタンレー証券での20年間のアナリスト経験を有し、2001年第14回日経アナリストランキング電子部品部門1位。著書に『電子部品だけがなぜ強い』『経営危機には給料を増やす!』(日本経済新聞出版社)など。
(※本稿は、フロンティア・マネジメント運営の経営情報サイトFrontier Eyes Onlineからの転載である)