元新聞記者の精神科医が見た「護られなかった者たち」の水際

(c) 2021映画「護られなかった者たちへ」製作委員会


●五十嵐育子さんの場合

30代の五十嵐育子さんは発達障害のひとつ、ADHDに軽度知的障害を伴う。子どもは女ばかり5人。11年前に離婚してから、養育費支払いのないまま母子手当を糧に、がむしゃらに働いた。だが、燃え尽き症候群のような形で6年前当院に受診。父親が施設に入り、母も骨折で寝たきりに近くなって進退きわまり、一昨年夏から保護を受けている。

次女を私立高校に行かせたいが、できないことに悩む。現在18歳の次女は公立高に行く学力が無く、中学卒業後自宅で引きこもり続けてきた。勉学意欲はあるのでなんとか私立へとおもうが、市のケースワーカーは首を縦に振ってくれない。

●我妻道子さんの場合

50代の我妻道子さんも五十嵐さんと瓜二つの悩みを抱える。特別支援学級で育ち、中学卒業後は放浪癖もあってあちこちで働いた。30代後半で長女を産んで離婚。娘はいじめを受け小学5年から不登校。絵が好きで、中学卒業後は専門学校に行きたかったが、学費の問題で行けず、引きこもりが続く。同じような悩みを持つ患者は他にも多く、医療だけでは手に余る問題と痛感する。

「筋の通らない」職員の対応も


生活保護者に親身になって寄り添う市の職員ももちろん多い。しかしときには杓子定規の対応に行き当たることもあり、となれば患者の側に立つこちらの語気は当然荒くなる。

50歳近い独身の月岡弓子さんは昨年、生理痛とイライラで当院を訪れた。話を聴くと、更年期のせいばかりではなかった。物心つく前に両親が離婚。「ちゃんとしなきゃ」と思って生きてきた。そのせいで交感神経が常に緊張し、さまざまな症状が表れるのだ。

「母子家庭だったんで、ずっと生活保護受けてました。子どものころ母についていった市役所のイメージが怖くて。兄からは、おまえが仕事しないから母親が病気になったといわれて」

そんな時、ケースワーカーから「セイホ受けてるメンタルの人は自立支援受けなきゃだめだ」と言われ続け、混乱して受診した。

自立支援医療(精神)は、精神疾患で継続治療が必要な者の医療費を公費負担する制度。法律上は生活保護者に必須ではない。担当者の勘違いか、公費負担で保護費からの支出を少しでも減らそうとする上司からの“圧力”かは不明だが、役所に負のイメージを持つ月岡さんにとって、電話で繰り返される「指示」が恐怖心を呼び起こしたのは確かだ。

他にも、家族からの暴力で疎遠になっている女性患者が連絡を取ってほしくないと訴えても、決まりだから(生活保護法に規定あり)と扶養照会しようとするケースワーカーを電話口で叱責したこともある。マニュアル通りの対応で生活保護が減るのなら、スタッフは悪戦苦闘などしない。

かの「ハリー・ポッター」も生活保護の受給下で書かれた──


前述の「わたしたちの『生活保護』」では、労働組合「岐阜青年ユニオン」を立ち上げた天池洋介氏が白井、石黒両氏との鼎談に応じている。

2004年のイラク人質事件をきっかけに「自己責任論」が広まったとの白井氏の問いかけに、英国の小説家J・K・ローリングは生活保護を受給しながら「ハリー・ポッター」を書いたと天池氏は答え、「単に働いていないからずるいというのでは、私たちはとても大きな宝を失う可能性がある」と憂える。

さらに「人はロジックでは動かない。人が動くのは具体的な利益(権益)と感情によるもの」と分析、「そのために分断されたバラバラな『私』を共感可能な『私たち』へと統合する社会運動」が必要だと訴える。

映画「護られなかった者たちへ」で、連続殺人のきっかけとなったのが、老女の生活保護申請を水際で食い止めようとする福祉事務所職員の応対だった。


(c) 2021映画「護られなかった者たちへ」製作委員会

刑事役の阿部寛は「僕らが生きている社会のシステムにもいろんな欠陥があって、歪みみたいなものを抱えながらこの社会は成り立っている。だから、この物語で描かれるような人間の“罪”も生まれてくる」と語っている。

新型コロナウイルス対策と同じ姿勢で生活保護に対応するような社会から抜け出すにはどうしたらいいのか。毎日、「護られないおそれ」のある患者たちと対峙しながら、自問する日々が続く。

連載:記者のち精神科医が照らす「心/身」の境界
過去記事はこちら>>

文=小出将則

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事