記者のち精神科医が照らす「心/身」の境界

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もうすぐ敬老の日。わが国では65歳以上が3600万人を超え、総人口の3割近くを占める世界一の高齢社会。これに伴って増えているのが認知症で、長寿を喜べぬ現実に医療がどう関わるかは重苦しい課題だ。

一方、がんや糖尿病などと並び、精神疾患が五大疾病となって10年。精神疾患の中心となるうつ病の対策も待ったなしだが、認知症とうつ病との関係はまだ十分に周知されていないように思われる。今回は私が経験した両疾患を同時に抱える患者像を通して、「認知症とうつ病のあいだ」をお伝えする。


冬木昭子さん(仮名)の場合


冬木昭子さん(仮名)は70代前半の元教師。4年前、不眠と動悸を訴えて、私のクリニックを訪れた。仲のよかった知人とささいなことですれ違いとなり、連絡が取れなくなってから不安になったという。ちょうどその時、歯が悪くなり、歯医者で義歯(入れ歯)を考えないといけないと言われ、「自分の老い」を実感。不安が徐々に大きくなるにつれて動悸が増え、眠れなくなった。

経歴や診察室での様子から、老齢期に入り、精神的、身体的ストレスが重なって反応性抑うつに陥ったものと診断した。

しっかりと話を聴き、抗うつ薬と依存性の無いタイプの睡眠導入薬を処方して経過を見守った。

当初は大好物のシャインマスカットを食べる気も失せていたのが、何回か調子の波を乗り越え、半年後には自作童話を自費出版したいと語るまでに回復した。2時間物の映画にも出かけられるようになり、1年半でいったん診察終了とした。

その1年後、コロナ第1波のさなかに「寝つきの悪いときがある」と冬木さんが受診した。

ただ前回と違って読書はできるし、食事もおいしい。「元気です。旦那とけんかしなければ。アハハ」と、テンションはむしろ高めに感じ取れた。

診察して双極性うつ病と判断した。うつ病は落ち込みの時期だけがある単極性と、気分の高揚する時期もある双極性に大別されるが、彼女は後者だった。治療ではあえて本格的な薬を使わず、話を傾聴しながらフォローした。


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診察室での話題はもっぱらコロナ。ところが今年に入り、家族から電話が入った。本人には内緒でと断り、「最近、認知が入ってきているみたいです」と心配する声が受話器から伝わってきた。同じことを繰り返し家族に聞くことが目立ってきたという。

次の診察で冬木さんに問いかけた。「最近、物忘れなどで困ることは?」。返事は「そうなんです。初期です。自分で思います」。

そこで、長谷川式認知症スケール(HDS-R)というスクリーニング検査をした。年月日がすべて答えられず、直前の記憶力をみる問題も6点中2点と低下。さらにアルツハイマー型認知症に使う検査ADASを実施したところ、基準点より少し悪かった。初期認知症の疑いが強まったため、地元の認知症センターを紹介すると、こちらと同じ結果だった。

センター受診後、当院に現れた時の冬木さんの言葉にどきっとした。

「ショックが大きかった。それで“うつ”になった」

おそらく、豊富な知識を武器に教壇に立ってきた冬木さんにとって、「記憶が無くなっていく」認知症になることは恐怖以外の何物でもなかったのだろう。もし、自分が同じ状況に陥ったらと想像すると、よく分かる。

文=小出将則

精神科医認知症
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