ライバル意識に火を付けて
SNPが掲げた公約では2023年末までに住民投票を実施する計画だ。ただ、独立が実現するかはきわめて流動的と言わざるをえない。スコットランドの住民が、以前ほど独立によるメリットを感じていない可能性もあるからだ。
北海油田の利権の多くが英国政府からスコットランドへ移ったとしても石油収入は原油価格の変動に左右されやすい。世界有数の産油国のサウジアラビアも同収入依存の経済構造からの脱却へと傾斜している。
スコットランドが英国の他の地域への輸出に伴う恩恵も受けてきたのも事実。自治政府の統計によると、18年の他地域向け輸出額は約515億ポンド(同7兆8800億円)で全体の6割を占める。これに対して、同年の対EU輸出は161億ポンド(同2兆4600億円)にすぎない。むろん、独立すれば、英国の他地域向け輸出産品の多くに関税が課せられる。
スコットランドの住民は英国のブレグジットに伴う混乱も目の当たりにしてきた。EU離脱後の北アイルランドの通商問題で、英国とEUの調整が難航したのは記憶に新しい。スコットランドもグレードブリテン島でイングランド北部と接している。人やモノの自由な往来を防ぐために、「ハドリアヌスの長城」を延々と築くのは時代錯誤だろう。
英国から独立してEU復帰となれば、ポンドに代わる通貨への対応も必要。独立までには多くの難題が待ち受ける。不確実な要因が少なくない。にもかかわらず、スコットランドで独立論が勢いを増した根底には、英国政府主導で物事を決められてしまうことへの不満があったのではないだろうか。
今年2月にイングランドのトゥイッケナム・スタジアムで行われたラグビー6カ国対抗のスコットランド対イングランド戦。スコットランドはイングランドとのアウェーでの試合で実に38年ぶりの勝利を収めた。「歴史的な勝利」。地元のメディアはスコットランドの「快挙」をこう伝えた。
スコットランドとイングランドの間で、国どうしの対戦であるテストマッチが始まったのは1871年。世界最古のテストマッチである。スコットランドフィフティーンはイングランドとの対戦に並々ならぬ闘志を燃やす。アイルランドへ長年留学し、同国や英国のスポーツ事情に詳しい成城大学経済学部の海老島均教授も「スコットランドのイングランドへの敵愾心は強固で、実力以上のものを発揮する」などと指摘する。ファンの応援も他の国とのテストマッチとは比べ物にならないほど力が入るという。
イングランドは英国の政治・経済の中心地だ。多くのスコットランドの住民にとっては、「イングランド、イコール英国」。英国政府のブレグジットの決断がスコットランド人の抱くライバル意識に火を付け、独立へと駆り立てたようにも見える。
となると、英国の分裂を回避したいジョンソン首相が住民投票を「無責任かつ無謀」などと真っ向から容認しない姿勢を鮮明にするのは得策でなさそう。強い態度で臨めば、却ってスコットランド人の住民感情をいたずらに刺激するだけかもしれない。
連載 : 足で稼ぐ大学教員が読む経済
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