昨年3月、商工中金の窓口には、コロナ禍で資金繰りが悪化した中小企業からの相談が殺到していた。その数、1日800件規模。対応に追われる職員の様子を、代表取締役社長の関根正裕はこう振り返った。
政府が危機認定した場合、政府が指定する金融機関は貸し付けなどの危機対応業務を実施する。今回のコロナ禍でも危機対応業務が行われたが、実は商工中金には苦い記憶がある。16年、過去の危機対応業務で、大規模な書類の改ざんが発覚。立て直しのため18年に新たに登板したのが、第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)や西武ホールディングスで不祥事からの再建に携わった“危機管理のプロ”関根だった。
関根が「前回と違う」と自信をもつのには理由がある。不正の温床となる仕組みを変えたからだ。「前回も、職員が悪意をもってやったわけではない。業績至上主義が職員を追い詰め、そこに対してチェック機能が働かなかった。要はガバナンスやマネジメントの問題。そこをきちんとつくれば不正は起きない」
具体的には、今回の危機対応業務は業績評価の対象外にした。貸出残高が評価の対象にならなければ、職員は申し込みに対して冷静な判断ができる。融資しても返済が困難な事業者に対しては“貸すも親切。貸さぬも親切”で、融資以外の提案や助言をしてもいい。これで職員はノルマではなく、事業者のほうを向いて仕事ができるようになった。
仕組みだけでなく、不正を生んだ組織風土の改革にも取り組んでいる。特に意識しているのは、透明性だ。「人間には弱い部分があり、普通の人でも隠すことができる環境だと不正を犯すことがある。徹底的に透明性を高めて、風通しのいい組織にしないといけない。いまはディスクロージャーを進めて、人事も360度評価に。私に直接メールで意見をぶつける職員も増えてきました」
風通しにこだわるのは、97年の第一勧銀総会屋利益供与事件を経験したからだ。広報部に長くいた関根は、発覚前から事実を知っていた。しかし、「当時の役割は、隠蔽広報」。直属の上司は現在作家として活躍する江上剛で、いかに企業秘密を守るか、不祥事を出さないかが重要な仕事だった。
いったん名古屋支店に異動したが、事件発覚で呼び戻された。
「戻ったら、『俺は隠ぺいの天才』と言っていた江上さんが、『これからはディスクロージャー』と180度変わっていた(笑)。それからは支店の細かい情報まで開示するようになりましてね。最初は戸惑いましたが、全部オープンにすることが不正を防ぐ最大の対策だと学びました」