ミラーワールド化で、現実の複製と住む未来

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ある国の皇帝が、地図師に極めて正確な実物大の地図を作らせた。すると地図が帝国を覆ってしまい、やがて地図がボロボロになると帝国も一緒に滅亡した、というアルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスの寓話が『創造者』の中に出て来るが、哲学者のジャン・ボードリヤールもそれを『シミュラークルとシミュレーション』の冒頭でも紹介している。国の姿を鏡のように写した地図という虚像が実物を上回ってしまう、という主客逆転なパラドックスには驚かされる。

ミラーワールドの世界


これはただのおとぎ話に聞こえるかもしれないが、近年は都市や国の詳細な地理情報等を使って、本物そっくりな3D地図のようなVR世界を創る試みが活発化している。昨年のハロウィーンでは、コロナで外出できない事情を踏まえ、ネット上で「バーチャル渋谷」に入って盛り上がるイベントも行われた。世界中で使われるグーグルマップには、地図や写真ばかりでなく、都市の繁華街の3Dモデル化された情報がいくつもある。

こうした現実世界を鏡に映したように忠実に再現したリアル感あふれる虚像の世界は、最近では「ミラーワールド」とか「デジタルツイン」と呼ばれるようになった。映画やテレビでもこうしたモデルを使った都市のSFX映像が使われており、実際のロケより格安に思い通りの演出ができることで利用が拡大している。

いろいろな製品開発では、プロトタイプを作って現場で試行錯誤を重ねるのが一般的だが、これさえもデジタル環境の中でモデルを作り、その中で使い勝手を試し、考えうるあらゆる条件下でテストを重ねれば、潜在的な欠陥も予測できリコールなどに備えられるようになると話題になっている。

また忠実に再現した都市の中で、開発中の自動運転車(3Dモデル)を何度もテスト走行させて学習データを蓄積して訓練し、運転ソフトの向上を図るという使い方もされている。実車の走行より精度は落ちるかもしれないが、コストもかからず事故が起きても被害が生じず、安全な方法として注目されている。

しかし、3Dモデルの計算された世界には限界もあり、そこでの結果は机上の空論にもなりかねないので、最終的には市場に出すために現物モデルでテストしなくてはならない。最近トヨタが、「ウーブン・シティ」というスマートシティ構想を打ち出し、建物や道路や交通、生活などの都市全体をデジタルでコントロールして、その中で自動運転車も走らそうとする計画を発表した。これは現実世界のモデル化ではなく、モデル世界の現実化という逆の動きだ。

スマートシティと呼ばれるプロジェクトは全世界で展開されており、中国の上海やカナダのトロントなどの事例が有名だ。もともと建物に電子機器やネットワークを付加してインテリジェント化したように、都市環境にセンサーを付けネット化したり、ロボットを走行させたりすることで、運輸を自動化して高度化して渋滞を緩和し、二酸化炭素排出を抑えたり、ユニバーサルアクセス化したり、街の電力需要を最適化したり、災害時の安全性を確保するなど、さまざまな利便性の向上や都市機能の向上を目指す試みだ。

しかし監視カメラがそこいらに配置され、センサーで個人の行動や車の動きが追跡され、電子マネーなどの取引情報が集められるとなると、オーウェルの『1984年』のビッグブラザーのような世界が来ると、プライバシーや自由に対する危惧を抱く声も出て来る。事実、トロントのグーグル関連会社Sidewalk Labsが手掛けていたプロジェクトには住民から反対の声もあがり、コロナ禍を理由に昨年撤退したがまだ前途は多難なようだ。
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文=服部 桂

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